Let's study!!


「…お邪魔します」

瑞樹の意識がある時に、この部屋に入るのは初めてだから、緊張してきた。

「どうぞ?」

靴を脱ごうと思うのに、足が動かない私を見て、瑞樹が首をかしげた。

「警戒してんの?」

玄関まで戻ってきて、屈んで靴を脱がせてくれる。

「何を?」

足を引き抜きながら聞き返すと、わずかに瑞樹が頬を赤らめて「いや、勘違いならいい」と呟いた。

「具合でも悪いの?」

立ちあがった瑞樹は心配そうな顔で、そっと私の手を取って部屋に上げてくれる。


「なんか、緊張、して」

動悸がする。息も苦しくなってきた。

いつだって、瑞樹は優しかったけど、こんなふうに靴を脱がせてもらったり、手を握られたりしたことなんてない。

触れられたところに神経が集中してるみたいだ。

「由澄季だって、たまにはそうやってドキドキすればいいんだ」

くすっと笑って、瑞樹が繋いでいない方の手で、髪を撫でたから、本当にドキドキがひどくなる。

「いつも冷静な顔して、俺ばっかりドキドキさせられて、さ」

すねたように瑞樹が言う。

「え?」

瑞樹をドキドキさせた覚えなんて、全くないけど。
「でも今日は、いろんな顔が見れて嬉しい」

涙の跡を拭うみたいに、指で頬をするっと撫でられて、しつこく高鳴る胸。

「へえ。顔が赤くなるのも珍しいね」

…どうやったら、顔の色をコントロールできるんだろう。私が困っていることに気がついているのか、瑞樹は手を離して、そっと背中を押して、私を部屋に入れた。


「なんか飲む?水かアルコールしかないけど」

何でもいいと言ったけど、瑞樹が出してくれたお酒は、レモンの香りがした。

「美味しい」

そう呟くと、緊張も少しほぐれるようだった。

「由澄季、昔からレモン味のお菓子とか飲み物、好きだったもんな」

そんな些細なことを覚えていてくれる瑞樹が、やっぱり愛しい。


そのとき、ふと、床に積み上げられた教科書に目が止まった。

「…え、勉強してたの?」
一応大学生なのだから、部屋に教科書があること自体は驚くべきことでもないのだけれど、あちこちのページから付箋が覗いていたり、傍らには開きっぱなしのノートがあったりする。

それって、ちゃんと読んで理解しようとしてる、ってことだから。

「びっくりしすぎじゃね?」

瑞樹がむくれてるけど、びっくりするのは無理もないと思う。小中高と同じ学校に通ったけど、瑞樹は宿題すらできてないことも多かったのだから。

「だって、瑞樹が教科書読むなんて…」

「それ以上言うな」

まさか、自主性に任されている大学で、すすんで勉強するとは思わなかった。

「どうしたの、何か、あったの?」

どうしても心配になってきて、思わずそう問うと、瑞樹は盛大なため息をついた。

「失礼だな、マジで」

「だって、心配」

私の顔を見て、瑞樹は仕方なく口を開く。


「お前が、体育教師に向いてるって言うから」

「え?」

確かに、そう言ったことはあったけど。

「由澄季と少し距離を置いて、いろいろ考えてみた」

「え?」

よくわからなくなってきた。

「俺、今までお前に勉強教えてもらいたいから、勉強しなかったんだ」

「は?」

「お前さ、勉強の話する時だけは、目がきらきらしてすらすら話せるんだよ」

「はあ」

それは、わからなくもない、けど。


「すげえかわいいの」

「はっ?」
わからなくなってきた。

「それに、こうやって、机の上で教科書とか読んでくれるときさ」

瑞樹が、一番上のテキストを取って開いて見せた。

「くっつけるし、さ」

反射的に紙面を覗きこんでいた私ははっと息を呑んだ。

確かに、無意識のうちに瑞樹に身を寄せてしまっている。夢中で字を追うとそうなるらしい。

「キスできないかな、って思ったり」

駄目だ、脳が沸騰しはじめたみたいで、瑞樹の言っていることが理解できない。

「ときどき、のぞいちゃったりも、して」

てっきり同じようにテキストを見ているものだと思っていた瑞樹を見ると、私の襟元に視線を落としていたから、言葉を失った。

「…ごめん」

顔が赤い瑞樹を前に、私はぽかんとしてしまって、なんと言えばいいのかわからない。

「嫌だったよな?」

わざわざ言いたくないことを言わなくてもいいのに。

「嫌って、言うより…、私なんか女に見えないと思ってたから、びっくりした。それに、瑞樹、菜津希と付き合ってたときでしょう?」

合コンで瑞樹のことを「女ったらし」と言った男の子がいたけど、私にとっての瑞樹は、そんな印象はない。女の子の方が瑞樹を追いまわしている記憶しかない。

彼女がいるのに、他の子に関心を持つようなタイプじゃないと思ってた。ましてや、私なんて。


「…俺、高校生の頃、自分のことがよくわかってなくてさ」

思い出すように、瑞樹が遠くを見やるような目をして、言葉を選んでいる。

「菜津希って彼女がいるのに、由澄季にも興味を持ってて、頭おかしいんじゃないかって思ってた」

一緒に育ったんだから、特別な興味ってわけでもないと思う。

「幼馴染、だもの。それに、私が無意識に近付き過ぎるからいけないんだよ」

本当に、自分の興味があることとなると、周りが見えていないとよく言われたものだ。瑞樹が自分にぴったりくっついてくる私を、多少意識したとしても仕方ない気がする。


「それだけじゃない」

瑞樹がそう言って、自分の前のグラスの中身を一気に飲んだ。

「夢に出てくる女は、結局全部由澄季になるんだ」

「は?」

「菜津希を抱いてる夢なのに、いつの間にかそれは由澄季になってる」

「は」

「それが夢か現実かもわからなくなって、朝起こしに来てくれたお前を抱きしめてしまったこともある」

「あ」

痛みを伴う記憶が、私の中にもある。

「ごめん。変な妄想してたって知ったら、嫌だろ?俺も頭がおかしくなったんじゃないかと思ってた」

同じ出来事が、私から見たときと、瑞樹から見たときとでは違っていて、それを理解するのに時間がかかる。

私の口は一層重くなって、瑞樹は少し苦笑いしながら、話を続けた。





やっと、自分の気持ちがはっきり理解できたのは、お前が廣太郎って奴と一緒にいるのを見たとき。

無性に腹が立つんだ。

初めて会ったときから、嫌な奴だと思ったけど、俺が行けない同じ大学に進学して、お前と親しくなるにつれて一層嫌いになって行く。

由澄季に触れてるのを見るだけで殴ってやろうかと思うくらい。


…わかってるよ、本当はいい奴らしいってことは。由澄季が心を開いたんだから、な。

共通の友達になれるはずのあいつに、どうしてこんなに敵意を持つんだろうかって考えたら、答えはすぐに出た。

妬いてるんだって。

そうなると、もうひとつ、わかったことがある。


俺は、菜津希を、好きになりきれていないってこと。
ころころ彼氏が変わっただろ、中学時代の菜津希は。ハラハラして心配だったよな?由澄季もだろ?

そんなとき菜津希に突然キスされて、ドキッとした。菜津希と彼氏の関係が気になってたのは、菜津希のこと好きだったのかと思って付き合い始めたけど。

ああ見えてかわいいところもあるし、意外に優しくしてくれるし、申し分のない彼女だと思うのに、さ。

会わないなら会わないで、平気なんだよ。周りの人間は、遠距離恋愛は辛いだろ、って、言うんだけど、そうでもなくて。

むしろ、夏休みに再会したら、変な感じがした。会えて嬉しいっていうよりも、煩わしいっていうような、強い違和感。

よくわからない感情に戸惑って、このままじゃいけないと思ったけど、どうしたらいいのかわからなかった。

なんか自分の心の中を見るのが怖くて、だから一層菜津希に関わりたくなくて。菜津希が浮気してるって聞かされたときでさえ、見て見ぬふりしようと思った。

それなのに、週末は絶対お前に会いたくなる。何も知らない無垢な寝顔を見てると、キス、したくなる。

…しょーがないだろ、かわいいんだから。は?かわいいよ、由澄季は。

ずっと、そっくりなはずの菜津希ばっかりがかわいいって言われるのが不思議だったけど、むしろ都合がいいって思ってたよ、俺は。俺だけで由澄季のかわいさを独占してるみたいな気になってた。

でも、そろそろ限界だな。莉子って女も、勇も、実千も、由澄季のかわいさに気が付いてるし。

あんまり気飾ったり垢抜けたりしたら、心配なんだけどな。べたべたしてくる男には気をつけて。

ん、まあ、いいや。本人だけが自覚してないってことだな。

とにかく、おしゃれだの友達だの男だの、そういうものに一切関心を持たないで勉強ばっかりしてた由澄季が、俺に抱かれてくれた時、さ。


何もかもどうでもよくなった。

菜津希のことも、廣太郎って奴のことも、だけど。お前ん家の家族が、菜津希から由澄季に心変わりした俺をどう思うか、とか。自分の将来に対する不安とか。全部。

由澄季がこうして俺の腕の中にいてくれたら、それだけでいいって思った。





ゆっくり話していた瑞樹が、頬杖をついたまま、ちらりと私を見た。

「顔、真っ赤」

お酒のせいか、ふわっとやわらかく笑う瑞樹に、ドキドキする。

「でも、実際には、菜津希に取られちゃったけどな」

瑞樹が行くなって言ったのに、菜津希と話をしに行った時のことだ。


「由澄季はさ、自分でも気づいてないうちに、菜津希にかなりコントロールされてるよ」

「え?」

「他人に心を開かない分、家族である菜津希の言葉は、そっくりそのまま受け止めて信じ切ってる」

「…どこか問題あるの?」

「どこってことは上手く言えないけど。菜津希はどこでも誰にとっても一番になりたい人間だってことはわかるだろ?」

「うん」

「それは、家の中でもそうなんだ」
「うん」

「俺にとってもそう」

「うん」

「だから、お前を操る必要がある」

「え?」


「ばあちゃんたち家族や俺が、由澄季を大事にしすぎないように」

そんなことあるはずない、と言いかけてやめた。

「思い当たることがあるだろ?」

うまく答えられない。

「…そんなことしなくたって、菜津希は大事にされてるのに」

そう思うけれど、プライドが高くて、何かにつけて人より優位に立ち続けてきた彼女の気持ちは、私にはわからないのかもしれない。


「でも、俺は由澄季を好きになった」


どきっとして瑞樹の顔を見上げると、ちょっと赤い。
「たぶん、俺自身よりも先に、菜津希はそのことに気がついた」

「え?」

「あいつ、すごく鋭いだろ」

「うん」

「それに、俺は鈍感だし」
「うん」

「…今の返事、早過ぎない?」

「あ」

「あ、じゃねえよ!」

ふくれっ面の瑞樹もかわいい。


「だから、私をコントロールしたって?」

「ああ、うん。菜津希は、俺と付き合うことで、お前に決定的な劣等感を植え付けた。たぶん、たぶんだけど…、お前が俺のこと好きだったことにも、気づいてたんだろ」

「……」
「お姉ちゃんずっと瑞樹を好きだったもんね」と言った菜津希の声が頭の中に蘇る。確かに菜津希は、私の気持ちにずいぶん早い時期から気付いていたのだろう。

「そうなの?気づいてたって?」

私の乏しいであろう表情も読み取って、瑞樹が尋ねる。

「うん」

確かに菜津希はそう言った。


「ってことは、そんなに前から俺のこと好きだったの?」

「……」

そう訊き直されると、急に息が苦しくなる。

「由澄季」

「……」

「そこはもう『うん』って言えるようになろうよ」

「…う…」

「なんか苦しそうなんだけど」
「…は…」

「息継ぎ?」

瑞樹は苦笑いしていたけど、徐々に心配そうな表情を浮かべた。


「そんなに、我慢してたの?」

我慢、してた、んだろうな。

自覚してた部分も、そうでない部分も含めて、たくさん我慢せざるを得なかった。

「そのうち、言ってくれるようになるかな」

そっと、大きな手を伸ばして、私の頭を撫でた。


「由澄季が好き」


温かい手が下りてきて、優しく頬に触れる。

そこで初めて、私はまた自分が泣いていたことに気が付かされる。

「お前が気持ちを言えるようになるまで、一方通行でもいい」

その手が、耳の後ろにそっと回ったと思ったら、抱き寄せられていた。

「好きだから、もう俺から離れないで」

夢を見ているんだろうかと思うくらい、現実味がないのに。その胸は温かくて居心地が良くて、もう離れることなんてできないということはわかる。

「黙って遠くに行かないで」

瑞樹の声が、切実で。

自分が辛いから瑞樹の傍を離れようと決意したことが、思いのほか瑞樹を傷つける結果になったということを、今更再確認している。


「ずっとそばにいて」


その声を聞いた瞬間、「瑞樹は、ずっと由澄季ちゃんにくっついてるような気がするの」と、幼いころに、みーこちゃんに言われた言葉が、鮮やかに耳に蘇って来た。

うん、と答えるかわりに、瑞樹の背中に手をまわしてぎゅっと抱きついた。

みーこちゃんは、私と瑞樹が離れられないことに、気が付いていたのだろうか。母親は偉大だ。
「お前、痩せたな」

わかるんだ。瑞樹も、私の変化に気がついてくれるとわかって、心がほわっと温かくなる。

「小さくなってる」

確かめるようにきゅっと抱くから。

「胸のこと?」

「ばっ、ばか、意識しないようにしてんのに」

なぜかしどろもどろになる瑞樹に首をかしげる。

「じゃあどこが小さいの?」

「体全体!華奢になった感じがするってこと」

そう言われて、私も瑞樹の背中を撫でて確かめてみる。

「瑞樹も、痩せた。ごはんちゃんと食べてるの?」

風邪でダウンした瑞樹の様子を見に来た日、食材の乏しさに唖然としたことを思い返す。

「食えなかった」


呟いた声が低くて、私はそっと体を離して瑞樹の顔を見上げた。

「何食ってもまずくて」

今度は、「心や体が疲れ過ぎていると、食べ物も上手く味わえなくなる。おいしく感じられなくなって、食べることも辛くなって、いっそう元気がなくなるんだ」という、おばあちゃんの声が聞こえてくる。

同じ人に育ててもらったせいか、そういうところは似ているらしい。


「由澄季の飯食いたいな」

そう言われただけで、瑞樹の好きなものがあれこれと浮かんでくる。

「何がいいかな」

私も、久しぶりに何か作りたいと思う。ほとんどキッチンに立たなかったのに。

瑞樹が食べてくれるから、料理も好きだったのかもしれない。


「とりあえずは、これを」

いたずらっこのような笑みを浮かべて、瑞樹が私の唇を親指で撫でた。

瑞樹は私のことを、いつも冷静な顔して、めったにドキドキしないと言うけれど、こんなに心臓がばくばく言ってる。

「…目、閉じてよ」

「やだ、見ていたい」

「もう、変わってんな、由澄季は」

そう言いながらも、瑞樹は少し顔を傾けて、唇を寄せた。

睫毛が伏せられた瑞樹の目の辺り、焦点が合わないなりにもそれを見つめていたはずなのに。

唇に与えられる感触を味わっているうちに、心拍数の急激な増加、呼吸の乱れ、体温の上昇により、意識が混濁、いつの間にかすっかり目を閉じてしまっている。

瑞樹の胸にすがるようにして、されるがまま、キスを受け止めるだけで精一杯になっていた。


「キスすると、そのたびに相手を好きになるの?」

どこかで聞いたフレーズだ。

「さっきのレポートに書いてあった」

……恥ずかしい。間接的に告白したようなものだ。からかうようににんまり笑う瑞樹に、ちょっぴりムッとする。


「やっと実験できたね」

「え?」

そんなこと言うなら、私だって、瑞樹に指摘したいことがある。

「もっと早く、実験してみればよかった?」

「お、覚えてたの」

わかりやすく赤面してうろたえる瑞樹が可愛くて、笑ってしまう。

「さっき、瑞樹のバイト先で『実験』って言った時、思い出した」

高校生になったころだっただろうか。ふたりでテレビドラマを観ていて、キスってどんなふうだろうね、という話になったのは。

「うわ、恥ずかしい」

そう言うと、瑞樹はぎゅうっと私を抱きしめながら、私の髪に顔を埋めてしまった。

「実験、もっと早く、してみれば、よかった」

そう呟くと、瑞樹は腕に力を込めるのをやめた。

「こうしていれば、自分の気持ちにも気がついた」

キスで心と体に現れるたくさんの変化が、私の瑞樹への気持ちを示しただろう。


「み、ずき」

今なら、好きだと、言えるような気がして。

「うん」

そっと体を起こして、私を優しい目で見つめる瑞樹の顔も、どこか期待に満ちていて。


「…みずき」

「うん」

「ご、めん」


上手く言葉が出ずに、謝ってしまう。苦笑いの瑞樹に、どうにも重すぎる自分の口を呪うけれど。

ふと、テーブルの上のグラスに気がついた。そう言えば、居酒屋で、講師の先生はお酒を飲むたびにずいぶんおしゃべりになったっけ。

すっかり水滴が滴り落ちるようになってしまったグラスにもかまわず、中のアルコールを一気に飲み干した。

「お、いい飲みっぷり」

「おかわり。もっと強いやつ」

「由澄季にはあんまり効かない気がするけどな、アルコールは」

困ったような顔をしながらも、瑞樹はグラスを持ってキッチンに立った。キッチンって言っても、ワンルームだから、部屋の一角にシンクがある感じで、瑞樹の様子はよく見える。

「なんで?まだあんまりお酒飲んだことないのに」

私が何気なくそう答えると。

「さっきのバイト先で、お前のグラスのアルコールもかなり度数を上げといたから」

「え?」
「潰して連れ帰ろうかと」

「は?」

「男が寝ちゃえば、もう安心だし。かといって、あのまま由澄季が俺と一緒に帰ってくれるような気もしなかったから」

「へ?」

「……ごめん」

バツの悪い顔になって、戻って来た瑞樹は、グラスを置いた。


「久しぶりに見たら、由澄季はもっと綺麗になってて。なのに変な男と一緒だし。イライラして頭がおかしくなりそうだった」

じわりと頬を染めながら。

「いろいろ考えてたけど、やっぱりお前がいない生活なんかありえないって思った」

拗ねたような顔で、ちらりとこちらを見る瑞樹は、小さいころと同じ表情で。


私だって、同じだ。瑞樹がいないなら、料理はもちろん、食べることも、勉強も、楽しくない。



―――私が私らしくあるためには、瑞樹は不可欠なんだ。


「わっ」

思わず瑞樹に飛びつくと、どうやら勢いがつきすぎていたらしくて、ふたりで床に転がってしまった。いや、私が瑞樹を押し倒した状態だけど。

あれ?動くと頭がくらくらする。

「ちょっとは酔った?」

くすりと笑う瑞樹が、大人びて見える。

「ゆう?」

その声で頭の芯まで痺れたようになって何も考えられずに、瑞樹の唇に吸いついた。熱くて柔らかいこの感触が、瑞樹のものだと、私の中にも認識がある。

うっとりして息切れしてしまうくらいに、それを堪能して。

糸が切れたみたいに瑞樹の上に倒れこんだ。



「瑞樹が好き」



震える声で、そう囁きながら。





    完
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