不遜な蜜月

―――黒崎家


一人暮らしの理人が、用事もなく実家に帰るのは珍しい。

仕事の話を会長である祖父としたくなったから、足を運ぶ。

たまには夕食を一緒に、と祖母が言うから足を運ぶ。

そんな理由がないと、実家に帰ろうと思わないからだ。


そして今日も、とある理由によって、実家に足を運んでいた。


「今夜は泊まっていきなさい、理人」


グラスに注がれるのは、真っ赤なワイン。

祖父・聡志は、自分のグラスにもワインを注ぎ、一口飲む。


「楓も飲むか?」

「遠慮しますわ。お酒に強くありませんから」


聡志の隣で、楓は食後のコーヒーを楽しんでいる。


「理人。お前、何歳になった?」

「32ですよ、お祖父さん。忘れたんですか?」

「確認しただけだ」


グラスをテーブルに置き、聡志は急に真面目な調子で話し出した。


「知り合いに、見合いをしないかと言われてな」

「・・・・・・」


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