哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
 暖かい風が吹き、佐枝の髪を揺らしていく。夕暮れの通学路、久しぶりに四人で帰る美鈴達の姿があった。四人でといっても実際は二人と一組のような歩き方だった。一組というのは義男と佐枝のカップル、美鈴と啓介は適当な距離を置いて歩いている。
「まったく、少しは離れて歩いてくれよな。一緒にいる俺たちまで恥ずかしくなる」
 啓介が呆れたように義男達に言う。
「あら榊君、妬いてるの?」
「そうだぞ、お前達も付き合っちゃえばいいのに」
 佐枝と義男が口々に返す。
「冗談じゃない、誰がこいつなんかと」
 啓介は親指で美鈴の方を指さす。
「そうよ、こいつとは何でもないんだからね」
 美鈴も佐枝達の言葉を否定する。
「あらまぁ、息が合うことで…」
 佐枝の目が笑う。
 彼らは大通りを抜けて小さな商店街に入る。その先には例の死体遺棄現場がある。
「最近また危なくなってきたな…」
 遠くを見るような仕草で啓介が呟いた。「そうね、前はこんなことなかったのに…」
 美鈴はこの一年を振り返るように呟いた。元来この美しが丘という街は犯罪などとは縁のない場所だった。この十年で大夫近代化してきはしたが、まだ古い町並みも残っており、住みよい環境ではあった。だがそれもこの一年でだいぶ様変わりしてしまった。
 美鈴のクラスメート達を狙った連続殺人事件、そして美鈴自身の誘拐未遂事件と物騒な事件が続いたからだった。
 そして今回の死体遺棄事件だ。街の人々は神経を尖らせていた。
 その雰囲気を彼女たちは肌で感じ取っていた。そしてそれは彼女たちの自由を制限する形で現実のものとなっていた。
 美鈴はふと信のことを考えていた。
 彼の病気のことは信の母親から聞いて知っていた。そのために信は夕暮れから夜にかけてでないと外の空気に触れることは出来ない。あの年代の子供に家の中にずっといさせることは難しい。自然信は暗くなってから外に出ることになる。
 子供が一人、そんな時間に外を歩くのは危険が伴うのではないか、美鈴はそんなことを考えていた。
「何ぼんやりしているのよ」
 不意に佐枝に声をかけられて美鈴は少し驚いた。
「ぼんやり歩いていると転ぶぞ」
 啓介が美鈴の頭をコツンと叩いた。
「ちょっと、何するのよ」
 美鈴は振り返り拳を握る。
 啓介が両手で自分の頭を庇う。
 丁度そこにフードを深く被った男の子が通りかかる。
「信君?」
「お姉ちゃん」
 信がフードをとって美鈴を見上げる。
 その目が今まで美鈴が見たこともないほど輝いている。
「誰、この子」
 佐枝が興味深げに美鈴に言う。
「私の彼氏」
 美鈴は笑って応える。
 啓介と義男はハッとして信を見つめる。
「最近隣に越してきた子よ」
 美鈴の言葉に啓介の肩の力が抜ける。
 そんなやりとりを信は笑いながら聞いている。その表情がとても明るいことに美鈴は何か良いことがあったなと気づいた。
「信君、何か良いことがあったの?」
 美鈴は信の視線の高さに自分の視線を合わせて問いかけた。
「うん、僕、友達が出来たんだ」
 信は嬉しそうに一枚の紙切れを差し出した。そこには携帯電話番号とメールアドレスが書かれていた。
 それを見て佐枝が「あれ?」といって紙片をひょいと摘み上げた。
「これ、絵美のアドレスじゃん」
 そう言うと紙片を信に返して意味ありげに彼を見つめている。
「どうやらこの子の彼女って美鈴じゃなくて絵美のようね」
 佐枝はそう言うと信の肩を軽く叩いた。
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