哀しき血脈~紅い菊の伝説3~

運命

街外れにある寺の境内。
 本堂に続く階段に腰掛けて啓介はぼんやりと考え事をしていた。考えていることは美鈴のことだった。
 あのとき、『紅い菊』に変わった美鈴を父の命の通りに滅ぼそうとした。だが『紅い菊』は自分を滅ぼそうとするならば宿主である美鈴の命も絶つことになると言った。そのために啓介は手にしていた剣を振り下ろすことが出来なかった。
 啓介は幼い頃から知っている美鈴を憎からず思っていた。物心ついた頃から美鈴は啓介の傍にいた。一緒に遊び、笑い、泣いてきた。 最初はただの遊び友達だった美鈴がいつの頃からか啓介の中で大きな存在となっていった。意識してどうこうということはないのだが、まるで空気のように美鈴がいないことを想像することが出来なくなっていった。
『紅い菊』を討つということは、そういう存在の美鈴を失うことを意味していた。
 啓介は背負わされた運命と自らの感情の板挟みになっていた。誰かに押しつけてしまえるのならば、そうしたいとさえ思っていた。 だが、それは出来なかった。
 啓介の持つ『破邪の剣』は使い手を選んだ。剣自身が納得を得た使い手でない限り、あの青い光を発することはなかった。
 その剣が啓介を選んだのだ。
 それ故に彼はその運命を放棄することは出来なかった。
 古から『紅い菊』は災いを呼ぶといわれてきた。それが出現したことによって滅ぼされた集落は数知れずあった。
『紅い菊』は『もの』の気を吸い、その邪なエネルギーを自らの中に蓄積していく。そして、それが限界に達したとき、『紅い菊』は暴走を始める。その暴走によって人々が滅ぼされるのだ。
 啓介は自分の運命を呪った。
 彼が美鈴に抱いている想いは『恋愛』と呼んでも良いものだった。
 あの時支えた美鈴の身体は軽かった。
 あのとき抱いた美鈴の肩は細かった。
 そんな彼女が魔性のものをその中に棲まわせているとは考えられなかった。
 彼女の変異した姿を見ていたとしても…。 啓介は手近にあった小石を拾うと軽く放り投げた。小石は弧を描いて宙を飛び、式並べられている小石を弾き飛ばして地に落ちた。
 不意に背後に気配を感じて振り返るとそこには父、榊健三が立っていた。
「何を考えている?」
 父の低い声が啓介の耳に届く。
「別に、何でもいいだろう」
 啓介は視線を前に落とす。
 健三はそんな啓介の隣に腰を下ろすと彼の顔を覗き込んだ。
「美鈴ちゃんのことだな?」
 啓介は図星を突かれて父から視線を外す。
「『紅い菊』が美鈴ちゃんではないかということは以前からわかっていた…」
 父は意外なことを口にした。
「『紅い菊』は一定の期間をおいてこの世に現れる。今がそのときなのだが、彼女の母には現れなかった…」
「それで美鈴なのか?」
「そうだ、これまであれが現れないことはなかった。そして彼女の一族ももう少なくなっている」
「一族の他の者に現れればいいじゃないか」
「一族で女児は彼女だけだ」
 健三が冷たく断言する。
「それじゃあ何であの親子はこんなに近くに住んでいるんだ?」
「それが掟だからだ」
「掟?」
「そうだ、あの一族は古から我ら一族が監視してきた。『紅い菊』を迎え撃つために…」
 それでは美鈴の一族は救われないではないか。啓介の胸の中に怒りが沸き上がってきた。「彼女らもそれはわかっている」
 健三の目は宙にある何かを追っていた。
「お前はこのところ『もの』が引き起こしていることは偶然だと思っているか?」
 不意に向けられた父の疑問に啓介はどう答えればいいのかわからなかった。
「あれは偶然ではない。『紅い菊』が周囲の『もの』を呼び寄せているのだ。自らが完全に覚醒するために」
 啓介はそれを聞いて愕然とした。
 彼が使命を達成しなければ遠くない時期に美鈴は『紅い菊』となり、暴走するのだ。
「もはや時間はない。お前があれを討てなければ一族の他の者があれを討つだろう。『狩人』の称号を持つ者達がな」
 父は冷たく言い放つと本堂の中に去って行った。
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