哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
 携帯電話を切ると同時に小島は覆面パトカーに向かって走り出した。
「小島さん、どうしたんですか?」
 恵も走り出して小島に訊く。
「三崎が危ない!」
 小島は助手席に滑り込むと赤色灯を車の屋根に取り付ける。
 間もなく恵が運転席に滑り込みエンジンをかける。
「行き先は?」
「五芒星とやらの中心だ!」
 覆面パトカーはタイヤを激しく滑らせて走り出す。
 サイレンがけたたましく叫ぶ。
「畜生、間に合ってくれ…」
 小島の口から漏れる声が恵の耳に届く。
 流れる車の群れが左右に分かれ、道を空ける。
 その中心を小島達を乗せた覆面パトカーが矢のように走り去る。
 SRで街中を流していた横尾がそれを捕らえ、何かがあったと直感で判断し、進行方向を百八十度変えて追尾した。
 けたたましいサイレンの音と四百CC単気筒の爆音が街中に響く。間もなく彼らは五芒星の中心にある地域に辿り着く。
 そこには数件の古い家々と真新しい五階建てのマンションがあった。
 小島はそのマンションに向かって走り出した。恵が後を追う。
 走る、走る、走る…。
 派出所で地図を見たとき、三崎はこのマンションに注目していた。おそらくここに来ていたはずだ。小島の直感が叫んでいた。あと数メートル、マンションが近づく。あと数歩でマンションに着く、そう思ったとき、上から黒い塊が二つ落ちてきた。それは腹のところで二つに引きちぎられた三崎の死体だった。
 小島は反射的に上を見る。追いついた恵も同じ方向を見る。
 そして二人は異形のものを見つけた。
 マンションの壁にこれまで見たこともないものが張り付いている。
 数メートルはある太いロープ状のものの先に人間の、女の上半身が付いている。
 次の瞬間、それは小島達の目の前に落ちてきた。
 それは上半身を上げ、二人を威嚇する。
 小島は拳銃を携帯していないことを恨んだ。だが、三崎は携帯していたはずだ。
 小島は全力で三島の遺体の傍に行き、ホルスターからニューナンブM60を引き抜き、銃口を目の前の化け物に向けた。
「シャー!」
 それはまるで蛇が威嚇をするときにするような音を立てて威嚇する。そこに向けて拳銃を二発炸裂させる。
 銃弾はそれの頭と胸を貫いた。
 それの体勢が微かに崩れる。
 しかし、びくともしない。
 それは体勢を直すと艶めかしく微笑んだ。
 それは蛇の下半身をくねらせながらじわじわと小島に近づいてくる。
 視野の片隅で恵が応援を要請しているのが見える。
 小島は拳銃を三崎と繋いでいる鎖をとり、それとの間合いを拡げていく。
 それはいきなり飛びかかってきた。
 小島はそれを紙一重で躱し、更に二回引き金を引いた。
 今度はそれの脇腹付近を銃弾が貫いたが、やはり効き目はなく、それは小島に妖艶な笑みを向けてきた。
 銃弾はあと一発、状況は圧倒的に不利だった。
 それを打開したのは別の方向から聞こえてきた三発の銃声だった。それらは性格に化け物の身体を貫き、周囲に青白い体液を撒き散らした。
 それは身の毛もよだつ叫び声を上げてのたうちまわった。
 更に三発の銃弾が化け物を貫く。
 銃弾は化け物に対して有効に働いていたが、まだ息の根を止めるまでには至らなかった。
 更に三発、三発、三発。
 化け物はその度に体液を撒き散らし、のたうちまわる。
「貴様は…」
 今にも絶えそうな息の中、化け物は憎しみの形相で銃弾が飛んできた方向を睨み付けた。
 小島もそれに津たれるように同じ方向を見た。
 そこにはベレッタM92FSを構える横尾が立っていた。
「お前も『もの』なら知っているだろう?」
「貴様『狩人』か…」
「そうさ、ラミア。やっと君に会えた」
 横尾の放った最後の銃弾がラミアと呼ばれた化け物の頭を貫いた。
 ラミアはその一撃で虚しく息絶えた。
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