哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
『紅い菊』は走った。
人々の群れの中を縫うように走り、街を抜けて河原に急いだ。
今のところ『もの』は魔鈴と九朗によって足止めがされている。しかししょせんは小動物、出来ることはたかがしれている。急がなければ、『紅い菊』は速力を上げた。彼女にとって美佳のことはどうでもよかった。彼女が興味を持っているのは『もの』だけだった。『もの』のもつ力にこそ興味があった。あれは私が倒す。そしてあれの力を全て私のものにする。『紅い菊』は何度も心の中で繰り返した。
その言葉を彼女の中で美鈴は聞いていた。確かに『紅い菊』の力は『もの』に対抗しうるものだ。だがその力は人を助けるために使われるのではない。彼女のためにしか使われないのだ。
それは間違っている。
美鈴は叫んだ。何度も、何度も叫んだ。『紅い菊』に届くまで叫び続けた。
やがて河原が見えてくる。倒れた美佳と激しく包丁を振り回す相馬の姿が見えてくる。
実際、魔鈴と九朗はよく闘っていた。自分の身体の何倍もある敵を相手に全く引けをとっていなかった。それらは相馬の両目だけを狙って攻撃を仕掛けていた。相馬はそれを避けるだけで精一杯だった。だが、流石にそれらは疲れてきていた。時がたつにつれて動きが鈍くなっていた。もはや限界だろう。『紅い菊』はそう判断してそれらにしか聞こえない方法で次の行動を指示した。
魔鈴と九朗はすぐさま相馬から離れて倒れている美佳の傍に移動した。
邪魔者が消えたことを察知した相馬は美佳の方に神経を移した。
その行く手を『紅い菊』が阻んだ。
「なんだお前は」
地の底から沸き出でるような声で相馬は言った。彼の表情は明らかに彼女を威嚇していた。
「邪魔をするな。そこをどけ!」
相馬は叫び、包丁を振り上げる。
だが、『紅い菊』は表情一つ変えようとはしない。
「お前、珍しい『もの』だな。人間と融合している」
『紅い菊』は唇を歪ませる。その表情は明らかに嗤っている。
通常『もの』は肉体を持たない。
『ものの欠片』の結合具合によっては肉体に近いものを持ち、物体に影響を及ぼすことは出来るが、完全な肉体を持つことはない。だが、魂を喰らいその肉体を則ってしまうことや頭脳を支配することで肉体を得ることが出来る場合がある。そうなった場合、それは生けるものとはいえず『もの』としかいいようがなかった。
「だが、まだ完全に支配しきってはいない…」
『紅い菊』の爪が鋭く伸びていく。
「さぁ、ゲームを始めようじゃないか」
『紅い菊』はその鋭い爪で相馬に斬りかかっていく。
相馬はその攻撃を避けて包丁を振り下ろす。
手入れの滞っていない鈍い刃が『紅い菊』の頬をかすめる。
鮮やかな赤い血が一筋、彼女の頬を伝う。
『紅い菊』はその血を親指で拭い、舐めた。
そこへ相馬が襲いかかる。
『紅い菊』はそれを待っていたかのように念の塊をぶつける。
相馬の身体が数メートル弾き飛ばされる。
受け身をとり体勢を立て直す。
再び『紅い菊』に飛びかかり包丁を水平に動かす。
手応えが返ってくる。
制服のスカートが斬られ、その内から血が滲んでくる。
『紅い菊』の動きが鈍る。
相馬は二の矢、三の矢と、次々と攻撃を仕掛けてくる。
『紅い菊』は次々とその攻撃を躱していくが、脚の傷がそれを阻んでいく。
彼女の制服のあちこちが斬られ、幼い胸が、太ももが、下着とともにあらわにされていく。
傷が増えていく…。
それでも『紅い菊』の眼は死んではいなかった。
彼女は嗤っていた。
彼女は待っていた。
そのときがくるのを…。
やがて相馬の動きが鈍ってきた。
いくら『もの』が支配しているといっても相馬の肉体は人間のものだった。
まだ完全に支配しきっていないので、その力には限界があった。
彼女はその瞬間を待っていた。
息が上がり、動作が止まった一瞬をつき、『紅い菊』は相馬の腕に斬りつけた。
相馬の腕の肉がそがれ、手にしていた包丁が宙を舞った。
隙を与えず更に斬りつける。
相馬は両腕で頭を庇う。
その両腕を一気に切り裂く。
「ぎゃあぁぁぁ」
相馬が獣のような悲鳴をあげる。
切り落とされた腕が地面で痙攣している。
するとその腕に鱗(うろこ)が生え、二匹の蛇に姿を変えていく。
二匹の蛇は『紅い菊』の脚に絡みつき、彼女の自由を奪う。
両腕を落とされた相馬もまた、身体を痙攣させて変化していく。
鱗(うろこ)が生え、身体の凹凸が消え、次第に太く、そして長くなっていく。
もはや直立していることが出来ずに倒れ込み、身体をくねらせていく。
巨大な蛇はその身体とは裏腹に素早い動作で『紅い菊』から離れていく。
『紅い菊』は身動きも出来ずにその場に倒れ込む。
追わなければ。
『紅い菊』と美鈴の心が叫ぶ。
「九朗!」
『紅い菊』は九朗のなを叫んだ。
九朗は彼女の意を汲み、大空へと飛び立ち、相馬が変化した蛇を追った。
そして彼女の叫びは二人の男の脳裏にも届いていた。
一人は榊啓介、もう一人は横尾雅也。
二人はそれぞれの方法で、その声がした方向へ向かった。
人々の群れの中を縫うように走り、街を抜けて河原に急いだ。
今のところ『もの』は魔鈴と九朗によって足止めがされている。しかししょせんは小動物、出来ることはたかがしれている。急がなければ、『紅い菊』は速力を上げた。彼女にとって美佳のことはどうでもよかった。彼女が興味を持っているのは『もの』だけだった。『もの』のもつ力にこそ興味があった。あれは私が倒す。そしてあれの力を全て私のものにする。『紅い菊』は何度も心の中で繰り返した。
その言葉を彼女の中で美鈴は聞いていた。確かに『紅い菊』の力は『もの』に対抗しうるものだ。だがその力は人を助けるために使われるのではない。彼女のためにしか使われないのだ。
それは間違っている。
美鈴は叫んだ。何度も、何度も叫んだ。『紅い菊』に届くまで叫び続けた。
やがて河原が見えてくる。倒れた美佳と激しく包丁を振り回す相馬の姿が見えてくる。
実際、魔鈴と九朗はよく闘っていた。自分の身体の何倍もある敵を相手に全く引けをとっていなかった。それらは相馬の両目だけを狙って攻撃を仕掛けていた。相馬はそれを避けるだけで精一杯だった。だが、流石にそれらは疲れてきていた。時がたつにつれて動きが鈍くなっていた。もはや限界だろう。『紅い菊』はそう判断してそれらにしか聞こえない方法で次の行動を指示した。
魔鈴と九朗はすぐさま相馬から離れて倒れている美佳の傍に移動した。
邪魔者が消えたことを察知した相馬は美佳の方に神経を移した。
その行く手を『紅い菊』が阻んだ。
「なんだお前は」
地の底から沸き出でるような声で相馬は言った。彼の表情は明らかに彼女を威嚇していた。
「邪魔をするな。そこをどけ!」
相馬は叫び、包丁を振り上げる。
だが、『紅い菊』は表情一つ変えようとはしない。
「お前、珍しい『もの』だな。人間と融合している」
『紅い菊』は唇を歪ませる。その表情は明らかに嗤っている。
通常『もの』は肉体を持たない。
『ものの欠片』の結合具合によっては肉体に近いものを持ち、物体に影響を及ぼすことは出来るが、完全な肉体を持つことはない。だが、魂を喰らいその肉体を則ってしまうことや頭脳を支配することで肉体を得ることが出来る場合がある。そうなった場合、それは生けるものとはいえず『もの』としかいいようがなかった。
「だが、まだ完全に支配しきってはいない…」
『紅い菊』の爪が鋭く伸びていく。
「さぁ、ゲームを始めようじゃないか」
『紅い菊』はその鋭い爪で相馬に斬りかかっていく。
相馬はその攻撃を避けて包丁を振り下ろす。
手入れの滞っていない鈍い刃が『紅い菊』の頬をかすめる。
鮮やかな赤い血が一筋、彼女の頬を伝う。
『紅い菊』はその血を親指で拭い、舐めた。
そこへ相馬が襲いかかる。
『紅い菊』はそれを待っていたかのように念の塊をぶつける。
相馬の身体が数メートル弾き飛ばされる。
受け身をとり体勢を立て直す。
再び『紅い菊』に飛びかかり包丁を水平に動かす。
手応えが返ってくる。
制服のスカートが斬られ、その内から血が滲んでくる。
『紅い菊』の動きが鈍る。
相馬は二の矢、三の矢と、次々と攻撃を仕掛けてくる。
『紅い菊』は次々とその攻撃を躱していくが、脚の傷がそれを阻んでいく。
彼女の制服のあちこちが斬られ、幼い胸が、太ももが、下着とともにあらわにされていく。
傷が増えていく…。
それでも『紅い菊』の眼は死んではいなかった。
彼女は嗤っていた。
彼女は待っていた。
そのときがくるのを…。
やがて相馬の動きが鈍ってきた。
いくら『もの』が支配しているといっても相馬の肉体は人間のものだった。
まだ完全に支配しきっていないので、その力には限界があった。
彼女はその瞬間を待っていた。
息が上がり、動作が止まった一瞬をつき、『紅い菊』は相馬の腕に斬りつけた。
相馬の腕の肉がそがれ、手にしていた包丁が宙を舞った。
隙を与えず更に斬りつける。
相馬は両腕で頭を庇う。
その両腕を一気に切り裂く。
「ぎゃあぁぁぁ」
相馬が獣のような悲鳴をあげる。
切り落とされた腕が地面で痙攣している。
するとその腕に鱗(うろこ)が生え、二匹の蛇に姿を変えていく。
二匹の蛇は『紅い菊』の脚に絡みつき、彼女の自由を奪う。
両腕を落とされた相馬もまた、身体を痙攣させて変化していく。
鱗(うろこ)が生え、身体の凹凸が消え、次第に太く、そして長くなっていく。
もはや直立していることが出来ずに倒れ込み、身体をくねらせていく。
巨大な蛇はその身体とは裏腹に素早い動作で『紅い菊』から離れていく。
『紅い菊』は身動きも出来ずにその場に倒れ込む。
追わなければ。
『紅い菊』と美鈴の心が叫ぶ。
「九朗!」
『紅い菊』は九朗のなを叫んだ。
九朗は彼女の意を汲み、大空へと飛び立ち、相馬が変化した蛇を追った。
そして彼女の叫びは二人の男の脳裏にも届いていた。
一人は榊啓介、もう一人は横尾雅也。
二人はそれぞれの方法で、その声がした方向へ向かった。