哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
 日が傾き青の光が弱まっていく。
 向かい合った相馬と信の影が長く伸びていく。
 信は自分の時間が来たことを知って被っていたフードをとった。
「行くよ。おじさん」
 信は静かに言うとその身体を霧状に変化させていった。
 相馬はその変化に驚いたがすぐに右腕を鋭い槍に変化させて身構える。だが、霧状のものに対して物理的な武器は通用しない。
 相馬はすぐに霧に変わった信に取り囲まれてしまう。
 しかし彼は慌てなかった。こちらが攻撃できなければ、相手も同じ条件の筈だと思っているからであった。相馬のその目論見は当たっていた。信は相馬を包みはしたがそれ以上のことは出来なかった。しかし、それも最初のうちだけで信は徐々に相馬の背後で実体化を始めた。その目が赤く輝いており、長く、鋭く伸びた犬歯を相馬の首筋に立てようとした。
 そのときを狙って相馬は信の顔面に向かって右腕の槍を突き立てようとする。
 間一髪でそれを躱すと今度はコウモリの姿に変わり宙を飛んだ。その変わり身の早さに相馬の槍はついていけずに虚しく空を切った。
 信は空高く飛び、旋回して、急降下する。再び相馬の首筋を狙う。
 相馬は左の腕を長い鞭に変えてそれを迎え撃つ。
 信はそれをすんでの所でかわして再び空高く舞い上がる。
 二人はそれを何度も繰り返して互いの隙を狙う。
 その競り合いに勝ったのは相馬だった。
 彼は急降下してくる信に対して、その鞭を急速に伸ばし、信の身体を地面に叩き付けた。
「ぎゃん」
 信は苦痛の声を上げて地面をバウンドした。
 コウモリが信の姿に戻る。
 相馬は間髪入れずに右の槍を突き立てる。
 信は身体をひねってそれをかわす。
 相馬の槍の先が無数に枝分かれする。
 民家の塀際に追い詰められた信にそれを繰り出す。
 すかさず信はネズミに変化してそれをかわし、相馬の背後に回り込む。
 相馬は繰り出した槍を引き戻し、姿を消した信の気配を探り始める。
 張りつめた時が辺りを支配する。
 相馬の視界が敵意のこもった小動物を捕らえる。
 ゆっくりと相馬の槍がそれを狙う。
 そこへ一発の銃声が響き相馬の右の空を貫く。
 槍が元の腕に戻る。
 振り返った先に駆けつけた小島の姿が映る。小島のニューナンブの銃口から紫色の煙が一筋あがっている。
 相馬の狙いが信から小島に移る。撃たれた右腕が見る間に治っていく。
 腕が再び槍の姿に変わっていく。
 小島の拳銃が次の銃弾を装填する。重心が微かに震えている。
 引き金にかかった小島の指に力が込められようとした時、相馬の鞭がその銃を弾き飛ばす。
 そして二の矢の槍を繰り出そうとした時、強い念の塊が相馬の身体を弾き飛ばした。
『紅い菊』が姿を現す。
 その隙をついて元の姿に戻った信が相馬の首筋に鋭い歯を突き立てる。
 相馬の身体が見る見る干涸らびていく。
 やがて相馬の身体は崩壊し、灰となって風に散っていった。
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