哀しき血脈~紅い菊の伝説3~

最初の事件

 時が少し戻る…。
 街を横断する川の河原に数台の警察車両が集まっている。その先には黄色いテープが張り巡らされ一般の人間達が入るのを遮断している。
 芽吹き始めた花園の中、数人の刑事や鑑識課員が隔離されている一帯に展開している。
 美しが丘署の刑事、小島良と結城恵は倒れている若い女性の近くで屈み込んでいる。女性の整った顔が苦痛に満ちて歪んでいる。
「撲殺、だな」
 小島は被害者の後頭部にある裂傷を見てそう断定した。
「そのようですね。まだ凶器は発見されていませんが…」
 鑑識課員の岸田健二が小島の背後から声をかける。
「死亡推定時刻は?」
「詳しくは解剖待ちですが、昨夜の十時から十二時で間違いないでしょう。ただ犯行現場はここではないようです」
「その根拠はなんですか?」
 恵が立ち上がり岸田の顔を見る。
「現場に争った後がありません。それに飛沫血痕の跡も然りです」
 岸田はずり落ちてきた丸い眼鏡左手の人差し指で直す。
「どこかで殺してここに捨てたか…。それで仏さんの身元は?」
「今のところわかりません。何しろ女性ならば当然持っているはずのバッグ類が見当たりませんので…」
 岸田は残念そうに遺体を見た。だが彼の目は死んではいなかった。いやむしろ高揚しているように見えた。手がかりが少なければ少ないほど萌えるのが岸田という男だった。
「あの、乱暴された跡は…」
 恵が訊きにくそうに言った。
 若い女性が殺されたとき真っ先にその事が確認される。それ如何によって捜査の方針が大きく変わるからだ。
 だが恵が訊いた訳は他にもあった。
 不本意な死を迎えるとき、せめて女性としての名誉までもが奪われていて欲しくない。その一心の表れだった。
「その点は心配なさらなくてもいいと思います。まぁ解剖待ちですけど…」
 岸田は恵に目を合わさずに答えた。
 この岸田という男、生きている成人した女性をまともに見られないという特徴があった。
 昔、付き合っていた女性に手ひどい仕打ちを受けたためというのが専らの噂だった。本人はそれを否定も肯定もしない。ただ彼の興味は二次元の女性に限られていた。岸田曰く「二次元は裏切らない」のだそうだ。
 恵は岸田の答えを聞いて安心した。彼の人間的な資質はともかく、鑑識課員の岸田の分析力は恵も認めていたからだった。
「よかったな、嬢ちゃん」
 恵の気持ちを察したのか、小島が刈る子彼女の肩を叩いた。恵は軽く頷いてそれに応えた。
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