哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
 三島武志は派出所の中で管轄地域の地図を広げて考え込んでいた。昨日の小学校での事件、それが嫌に彼の脳裏に焼き付いていた。 思えば動物虐待はあの小学校だけに限られてはいなかった。ここ一ヶ月の間に他に四件発生していた。それは野良猫の場合もあり、逃げ出した犬の場合もあった。無残に殺されている場合もあり、足が切断されただけで生かされている場合もあった。
 それぞれの事件は手口や凶器が異なっており、それぞれが単独の事件だと思われていた。 だが、三島はそれに疑問を抱くようになっていた。その疑問の答えを求めたのが地図だった。
 三島はこの器物破損事件(動物は法的には物とされている)の発生場所を全て地図に落とし込んでいた。そしてそれらの事件が半径五百メートルの円に沿って一つの形を描いていることに気がついた。
 それは逆向きの星形を描いていた。
 三島はその形に一種不気味な物を感じていた。
 オカルト的に星の形は五芒星と呼ばれていた。それが正位置の場合は聖なるシンボルとされ、逆位置の場合は悪魔を呼び込むとされている。地図上に描かれているのは逆位置の五芒星だった。
 このようなことは、三島が幼いことにはやったオカルトブームが教えていた。だから今回の小学校での事件が何かを完成させたことを感じていた。禍々しいことがこれから起きようとしている、いや、もう起きているのかもしれない、三島はそう感じていた。
 誰かが悪魔を召喚しようとしている。
 そいつはこの五芒星の中心に潜んでいる。
 五芒星の中心には一年ほど前に建てられた独身者向けのマンションがあった。その中にこの一連の事件の犯人であり、これから何かを行おうとしている者、あるいは既に行ってしまった者がいる。
 それが誰かはわからない。
 いや、仮にわかったとしても、今の三島には止める手立てがなかった。
 目撃者も物的証拠もなかった。
 そして何よりも対象者が絞り込まれていなかった。
 五芒星を完成させた今、そいつはもう同じような事件は起こさないだろう。だからそいつを止める手段を今の三島は持っていなかった。
 何かが起きてからでは遅い。
 三島の心は焦っていた。
 そのとき、三島は背後から声をかけられて驚いた。
 振り返ると彼が見知った刑事達がいた。
 小島良と結城恵だった。
 小島は三島の作った地図を興味深く見ていた。
「これはお前さんが作ったのかい?」
 小島は地図上に展開されている紅い印を指さした。
「ええ、このところこの辺で起きている動物虐待事件の現場です」
 三島が答えると恵が何気なく呟いた。
「これ、五芒星ですよね。それも逆位置の」
「五芒星?。なんだい嬢ちゃん、そいつは」
 小島の質問に恵は五芒星のことを簡単に説明した。
 最近、恵はオカルト的な知識に興味を持つようになっていた。それもこのところ美しが丘署の管内で説明のつかない事件が立て続けに起こってからだった。
「そうすると、今朝の小学校の事件で五芒星とやらは完成したんだな」
 小島はこの常識外れな知識を詰め込もうと唸りながら言った。唸りながら、彼はあることに気がついた。
「嬢ちゃん、ここ」
 小島は五芒星を構成する一点を指さした。
 そこは今朝方の遺体遺棄現場の近くを示していた。
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