家元の寵愛≪壱≫
最後の羽織紐を留め終わると、
「ゆの、ありがとな」
「いえ」
柔らかい笑顔を向けると、
優しく頭を撫でてくれた。
「じゃあ、先に行ってるな?」
「はい」
小さく頷き、彼の顔を見上げると
彼はゆっくりと指先を頬に滑らせ
ほんの一瞬だけ……笑顔に。
そんな彼の表情が
『いつもの俺じゃなくてゴメンな?』
そう語っているようで。
何も出来ない自分に苛立ちながら
胸の奥がキューッと締め付けられた。
普段の彼は、仕事に出掛ける前に
『離れたくない』と、
溢れんばかりの愛情を表に出すのに。
今、目の前にいる彼は、
私から離れたがっている。
まるで、私が彼の集中の邪魔をしているようで。
踵を返して歩き出した隼斗さん。
そんな彼の背中を見つめ、
「いってらっしゃいませ」
私は丁寧に深々とお辞儀をした。