家元の寵愛≪壱≫
「あら、隼斗、いつ帰って来たの?」
「さっき」
「そう、お帰りなさい」
「ん……ゆのは?」
「ゆのちゃん?ん~、今日は午前中から出掛けてるみたいだけど」
「出掛けたって、どこに?」
「さぁ~?」
リビングで雑誌を眺めながら、
優雅に珈琲を口にしている母親。
行先も告げず、一体どこへ行ったんだ?
腑に落ちない俺だが、一先ず父親のもとへ。
父親は茶室で茶器の手入れをしていた。
「只今、戻りました」
「おぅ、戻ったか」
茶器の手入れを手伝いながら、
父親に地方稽古の報告をした。
その後、着替える事にした俺は離れへと。
相変わらず、施錠されている玄関。
無機質な音を立てながら扉を開けた。
足音と衣擦れの音以外、何も聞こえない室内。
いつもなら無条件で、
満面の笑みを浮かべ迎えてくれる妻の姿が…。
無意識にため息が零れ出す中、
ふと、視界の隅にとあるモノが。