家元の寵愛≪壱≫
身支度を済ませた俺は母屋へと。
『家元』になってもうすぐ1年。
本当にあっという間の1年だった。
茶道自体は20年以上、
毎日欠かさずしている事だから、
これといって違和感は無かった。
人生、生きていれば良い事も悪い事も沢山ある。
だから、茶を点てている間に
他に気を取られるなんて事は1度だって無かったのに。
俺は生まれて初めて、茶が点てられずにいた。
「どうした、夫婦喧嘩でもしたのか?」
「………」
「お前は『家元』なんだぞ?茶に私情を挟むな」
「……ってる、解ってるんだけど……」
「けど、何だ?」
「限界かもしれない」
「………一緒に居る事がか?」
「あぁ」
親父は何でもお見通しだった。
そりゃあそうだよな。
毎日何時間も一緒に居るんだし、
人の心を読むプロでもある訳だから。
親父から見れば、俺はまだまだ修行が足りないのだろう。