家元の寵愛≪壱≫
だってね、父親には『私』がいるんだもん。
愛する人がこの世に居なくなってしまっても、
愛する人が残してくれた『私』がいる。
さゆりさんには子供はいない。
愛する人が残してくれたのは、
この『家』と思い出だけ。
だから、父親も彼女の想いを酌んでこの家に住んでいるらしい。
家の中にはさゆりさんの亡くなったご主人の写真や
私のお母さんの写真があちこちに飾られ、
知らない人が見たら、きっと不思議に思うよね?
だけど、私はこの家が好き。
とても温かい空気に包まれているから。
「ゆのちゃん、ちょっといいかしら?」
「あっ、はい」
縁側で庭を眺めている私にさゆりさんが声を掛けて来た。
『お母さん』と呼ぶにはまだ照れ臭いけど、
『お姉さん』って感じでも無い。
さゆりさんも気を遣ってくれているみたいで、
恩着せがましく『母親』面する事は決してない。
けれど、大好きな人の大事な娘だからか、
私の事を本当に大事に想ってくれているのは分かる。
彼女の瞳は本当にお母さんにそっくりだから。