ヴァルキュリア イン キッチンⅡeternal
「……」


 先日、突如「noir」にやってきた美丈夫な男が、人払いをしてくれと斎賀を個室に呼び出した。


 始めは不躾な男だと思っていたが、羽村と名乗る男の口からF.S.Iの名前を出された時、斎賀の身体は強ばった。



 F.S.Iは飲食店を経営していれば必ず聞く組織だ。

 斎賀はまさが自分の経営する店になにか不正があるのかと始め思った。

 羽村と向かい合って座ると、引き込まれそうな瞳の奥に、狩りをする獣のような獰猛さを見て斎賀は身じろぐことができなかった。




 ―――この男はただのものではない。




 羽村の雰囲気がその時、斎賀の心臓を波打たせた。




 話しを聞くと、紗矢子はすでに手の施しようがない程、堕ちるところまで堕ちてしまっているという、それを救い出せる人間はもう限られているとのことだった。



 紗矢子が人の道から外れる事をしているのを、斎賀は見て見ぬふりをしてきた。


 不条理な契約を結んでは店に来て飲み明かし、そんな紗矢子を以前は必死になって止めたこともあった。


 けれど、紗矢子が自分に対して、憎しみを交えたような眼差しを向ける度に自分に紗矢子を止める資格などないと気持ちをねじ伏せてきた。


 静かに傍で見守るのが自分にできるたった一つの愛情表現だと何度もそう言い聞かせることで斎賀は気の迷いを誤魔化していた。
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