桜麗の社の影狐
「おじいさん、こんにちは。」
結羅が微笑んで挨拶する。
「ああ、こんにちは。いらっしゃい。」
祖父は微笑み返して答える。
「お邪魔させていただいております。」
祖父が口を開く前に、俺が質問する。
「じいちゃん、仕事は?」
俺の質問に、祖父ははっとした表情を浮かべる。
「いかんいかん。忘れておった。じゃあわしは仕事に戻るから、店番を頼んだよ。」
「・・・はい」
俺の言葉を背に聞き、祖父は立ち去っていく。
* * *
「空木・・・?」
彼の祖父が暖簾の向こうに消えてから問い掛ける。
「ん?どした?」
彼の目を見てゆっくり話す。
「空木がさっき哀しそうな顔をしたから気になって・・・・」
私の言葉に対し、彼は一瞬はっとした表情を浮かべる。
「・・・別にどうもしてねーよ?」
・・・寂しかったのかな?
小さいときからこの店のせいで誰にも構ってもらえずに、寂しかったのかな?
そんな考えが過る。
だがそれを聞こうとは思わない。
私は目を伏せる。ああ、私と同じだと心の中で嘆く。
そして目を開き、少し微笑んでみる。
「空木、何か他のお話しよ?えーっと・・・あ、空木のおじいさんって何の仕事してるの?」
「・・・小説を書いてる。」
小説家のおじいさんかぁ。
「そうなんだ。素敵なおじいさんだね。」
自分の意見を率直に述べてみる。
「別に素敵じゃねーって。売れてないし。」
「・・・素敵だと思うけどなぁ。」
そう呟くと、空木は苦笑してまた頭を撫でてくれる。
なんだかこの感じが懐かしい。
彼に身を預け、少し目を閉じる。
あの思い出の中でも、同じことをしたなぁと思いながら。
* * *
『空木がさっき哀しそうな顔をしたから気になって』
この言葉を聞いたとき、俺はとても驚いた。この少女は何でも分かっているんだと。
そして、まだこのことでいくつか質問が続くことを覚悟した。だが予想に反し、結羅は少し目を閉じてから別の話をし始めた。
祖父の職を聞かれ、売れない小説家だと言ったときの『素敵だと思うけどなぁ。』という彼女の言葉が素直に嬉しかった。
だが彼女は分かっているのだろう。
小さかった俺が誰にも相手にされず、寂しかったことを。だから優しい彼女は別の話題に変えてくれた。そんな気がする。
もう一度結羅の頭を撫でてみる。
俺に身を任せてくる彼女がとても愛おしい。
彼女を背中から抱きしめてみる。
結羅は気持ち良さそうに微笑んでいる。
まだ会って間も無いのに、彼女のことを昔から知っている友の様に感じてしまう。
ふと、いつかこの娘の友でなく、友以上の特別な存在になれたらという思いが過る。
彼女のことを、異性として好きだった。
柱時計が18時を知らせる。
そろそろ彼女を帰らせた方がいいのではないだろうか。
「結羅?」
彼女の頭を撫でながら問い掛ける。
「なぁに、空木。」
結羅は俺の方を見上げて答える。
「・・・紅葉でいいよ。」
「紅葉・・・?空木の下の名前?」
「そ。結羅は別に下の名前で呼んでくれてもいいよ。」
彼女は嬉しそうに笑う。
そして綺麗な声で答えてくれる。
「ありがと!じゃあ紅葉って呼ぶね。えっとそれで何かお話あった?」
「ああ、今日はそろそろ帰った方がいいんじゃねえか?もう外真っ暗だぜ?」
「えぇっ!?もうそんな時間!?紅蓮、帰ろ!!」
結羅が慌てたように言う。
靴を履き始めた結羅に質問してみる。
「なぁ結羅。明日さ、朝からここ来れるか?」
俺の質問に結羅は首を傾げる。
「来れるけどどうしたの?」
「結羅さ、明日から一緒に学校行かねえか?結羅学校入れないけど門の前までついてくるか?」
結羅に質問すると、小動物が口を挟んでくる。
「やめとけやめとけ。こいつそんな早くから起きられねーから。」
小動物の言葉に対し、結羅は口を尖らせて答える。
「私だって起きられるもん!ね、紅葉。」
そして俺に抱きついてくる。
可愛すぎる。
「よしよし、結羅だって起きられるもんな。だからそんなに怒るなよ?」
俺の言葉に満足したように、結羅は満面の笑みを浮かべる。
「紅葉もそう思うよね~?流石紅葉!私紅葉のそういうとこ大好き!」
そう言って、結羅は更に強く抱きしめてくる。
自分でも顔が赤くなったのが分かった。
「結羅、早く帰ろーぜ。あんまり遅いと御榊様がお怒りになられる。」
「そっか。じゃあまた明日ね、紅葉!」
彼女の言葉に、頭を撫でて答える。
「ああ、また明日な。じゃあ7時半頃にこの店来いよな。」
彼女は俺から離れると、少し寂しそうに笑って答える。
「分かった。じゃあね、紅葉。」
そう言って結羅は店を出ていく。
彼女は美しかった。
* * *
「結羅の様子はどうじゃ?」
神社の池の畔で、この神社の主である神・彩輝が訊ねる。
その言葉に、彼の右腕的存在である御榊が答える。
「『支度』自体は順調と言えそうですが、些か弱っているようですな。彼女が脆弱なのは元よりなのですが・・・初めて街へ降りたことで困憊しているだけなのかそうでないのかは今のところは・・・」
御榊は言葉の最後を濁す。
「・・・そうか。」
御榊は言葉を続ける。
「街の様子も変わりつつあるようです。使いを増やして探らせましたが、やはり物怪の増加は看過出来ませぬ。―――・・・そして『あの方』が戻られる気配がいたします。」
御榊の言葉に、彩輝は表情を歪ませる。そして彩輝は水面に映る月を見つめながら答える。
「・・・御榊・・・あの子の目覚めは我等にとっては滅びと同義じゃ。・・・それをあの子が望むとは思えん。」
「・・・そうですな。」
彩輝は水面に映る虚像の月から目を離し、空に浮かぶ実像の月を見上げて答える。
「我々に出来るのは見守ることだけじゃ。」
彩輝の言葉に御榊は黙ったまま虚像の月を見つめている。
彩輝は実像の月を見上げて呟く。
「永遠(トワ)・・・」
結羅が微笑んで挨拶する。
「ああ、こんにちは。いらっしゃい。」
祖父は微笑み返して答える。
「お邪魔させていただいております。」
祖父が口を開く前に、俺が質問する。
「じいちゃん、仕事は?」
俺の質問に、祖父ははっとした表情を浮かべる。
「いかんいかん。忘れておった。じゃあわしは仕事に戻るから、店番を頼んだよ。」
「・・・はい」
俺の言葉を背に聞き、祖父は立ち去っていく。
* * *
「空木・・・?」
彼の祖父が暖簾の向こうに消えてから問い掛ける。
「ん?どした?」
彼の目を見てゆっくり話す。
「空木がさっき哀しそうな顔をしたから気になって・・・・」
私の言葉に対し、彼は一瞬はっとした表情を浮かべる。
「・・・別にどうもしてねーよ?」
・・・寂しかったのかな?
小さいときからこの店のせいで誰にも構ってもらえずに、寂しかったのかな?
そんな考えが過る。
だがそれを聞こうとは思わない。
私は目を伏せる。ああ、私と同じだと心の中で嘆く。
そして目を開き、少し微笑んでみる。
「空木、何か他のお話しよ?えーっと・・・あ、空木のおじいさんって何の仕事してるの?」
「・・・小説を書いてる。」
小説家のおじいさんかぁ。
「そうなんだ。素敵なおじいさんだね。」
自分の意見を率直に述べてみる。
「別に素敵じゃねーって。売れてないし。」
「・・・素敵だと思うけどなぁ。」
そう呟くと、空木は苦笑してまた頭を撫でてくれる。
なんだかこの感じが懐かしい。
彼に身を預け、少し目を閉じる。
あの思い出の中でも、同じことをしたなぁと思いながら。
* * *
『空木がさっき哀しそうな顔をしたから気になって』
この言葉を聞いたとき、俺はとても驚いた。この少女は何でも分かっているんだと。
そして、まだこのことでいくつか質問が続くことを覚悟した。だが予想に反し、結羅は少し目を閉じてから別の話をし始めた。
祖父の職を聞かれ、売れない小説家だと言ったときの『素敵だと思うけどなぁ。』という彼女の言葉が素直に嬉しかった。
だが彼女は分かっているのだろう。
小さかった俺が誰にも相手にされず、寂しかったことを。だから優しい彼女は別の話題に変えてくれた。そんな気がする。
もう一度結羅の頭を撫でてみる。
俺に身を任せてくる彼女がとても愛おしい。
彼女を背中から抱きしめてみる。
結羅は気持ち良さそうに微笑んでいる。
まだ会って間も無いのに、彼女のことを昔から知っている友の様に感じてしまう。
ふと、いつかこの娘の友でなく、友以上の特別な存在になれたらという思いが過る。
彼女のことを、異性として好きだった。
柱時計が18時を知らせる。
そろそろ彼女を帰らせた方がいいのではないだろうか。
「結羅?」
彼女の頭を撫でながら問い掛ける。
「なぁに、空木。」
結羅は俺の方を見上げて答える。
「・・・紅葉でいいよ。」
「紅葉・・・?空木の下の名前?」
「そ。結羅は別に下の名前で呼んでくれてもいいよ。」
彼女は嬉しそうに笑う。
そして綺麗な声で答えてくれる。
「ありがと!じゃあ紅葉って呼ぶね。えっとそれで何かお話あった?」
「ああ、今日はそろそろ帰った方がいいんじゃねえか?もう外真っ暗だぜ?」
「えぇっ!?もうそんな時間!?紅蓮、帰ろ!!」
結羅が慌てたように言う。
靴を履き始めた結羅に質問してみる。
「なぁ結羅。明日さ、朝からここ来れるか?」
俺の質問に結羅は首を傾げる。
「来れるけどどうしたの?」
「結羅さ、明日から一緒に学校行かねえか?結羅学校入れないけど門の前までついてくるか?」
結羅に質問すると、小動物が口を挟んでくる。
「やめとけやめとけ。こいつそんな早くから起きられねーから。」
小動物の言葉に対し、結羅は口を尖らせて答える。
「私だって起きられるもん!ね、紅葉。」
そして俺に抱きついてくる。
可愛すぎる。
「よしよし、結羅だって起きられるもんな。だからそんなに怒るなよ?」
俺の言葉に満足したように、結羅は満面の笑みを浮かべる。
「紅葉もそう思うよね~?流石紅葉!私紅葉のそういうとこ大好き!」
そう言って、結羅は更に強く抱きしめてくる。
自分でも顔が赤くなったのが分かった。
「結羅、早く帰ろーぜ。あんまり遅いと御榊様がお怒りになられる。」
「そっか。じゃあまた明日ね、紅葉!」
彼女の言葉に、頭を撫でて答える。
「ああ、また明日な。じゃあ7時半頃にこの店来いよな。」
彼女は俺から離れると、少し寂しそうに笑って答える。
「分かった。じゃあね、紅葉。」
そう言って結羅は店を出ていく。
彼女は美しかった。
* * *
「結羅の様子はどうじゃ?」
神社の池の畔で、この神社の主である神・彩輝が訊ねる。
その言葉に、彼の右腕的存在である御榊が答える。
「『支度』自体は順調と言えそうですが、些か弱っているようですな。彼女が脆弱なのは元よりなのですが・・・初めて街へ降りたことで困憊しているだけなのかそうでないのかは今のところは・・・」
御榊は言葉の最後を濁す。
「・・・そうか。」
御榊は言葉を続ける。
「街の様子も変わりつつあるようです。使いを増やして探らせましたが、やはり物怪の増加は看過出来ませぬ。―――・・・そして『あの方』が戻られる気配がいたします。」
御榊の言葉に、彩輝は表情を歪ませる。そして彩輝は水面に映る月を見つめながら答える。
「・・・御榊・・・あの子の目覚めは我等にとっては滅びと同義じゃ。・・・それをあの子が望むとは思えん。」
「・・・そうですな。」
彩輝は水面に映る虚像の月から目を離し、空に浮かぶ実像の月を見上げて答える。
「我々に出来るのは見守ることだけじゃ。」
彩輝の言葉に御榊は黙ったまま虚像の月を見つめている。
彩輝は実像の月を見上げて呟く。
「永遠(トワ)・・・」