脱力系彼氏
「冴子、歌手になればいいのに」

あたしがそう言うと、冴子はびっくりして大きく目を見開いた。

「は? 無理無理!」

「なれそうだよ!」

「そんなお世辞言ったって、奢ってやんないよ? あたし、金欠なんだから」

お世辞じゃない。もちろん本気だ。

「冴子が歌手になったら嬉しいな」

「何で?」

「だってあたし、デビュー前から冴子の歌声、知ってる事になるじゃん」

「何だ、その理由」

冴子は呆れ笑いをしながら、運ばれてきたピザに齧り付いた。

「ね、もし歌手になったら、haruのサインもらってきてね」

「はー? やだやだ。絶対もらってきてやんない」

「えー、ケチ」

「うるせぇ」


そんな意地悪な事を言っておきながらも、冴子はどこか幸せそうに笑った。



〜♪〜

夜中にも関わらず賑やかなファミレスに、激しいリズムの洋楽が響く。

「あ、あたしだ」

そう呟くと、冴子は慌てる様子もなく、悠長に携帯をポケットから取り出した。視線が集まって恥ずかしいのは、どうやらあたしだけのようだ。あたしは悪くないけど。

冴子は小さく「げ」と言いながらも、渋々電話を耳に当てた。

「はい」

会話を聞くのも悪い気がして、あたしは冴子に構わずピザに齧り付いた。

「え? それ、マジで言ってんスか?」

不機嫌そうな声。いつもより、声が更に低い。

「は? 今? 無理なんスけど」

誰と喋っているのかあたしには分からないけれど、綺麗な眉がグッと歪まっていく。

モグモグと動いていた口を止め、あたしは冴子の方を見た。
嬉しいけれど、無理してまで、あたしに気を遣わないでほしいのだ。
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