脱力系彼氏
 チッという大きな舌打ちと同時に、冴子は電話を切った。

「あんのクソハゲ……残り少ない毛、全部毟り取ってやろうかってーの!」

本気で怒っている冴子に笑いながら、「何だったの?」と聞いてみる。冴子は不機嫌そうな顔のまま、水を一口飲んだ。

「バイトの店長。ごめん、今から来い、だってさ」

珍しい事に、冴子は小さい子のようにボソボソと呟く。あたしにはそれまでもが可笑しくて、ついつい笑ってしまった。

「いいよいいよ、どうせそろそろ帰んなきゃなんないしね」

「そっか……ホントごめんね」

片手を顔の前にやると、冴子はそう言って申し訳なさそうな顔をした。

「いいって! ほら、急ぐんでしょ? 早く行ってあげなよ」

「ん、ありがと」

財布から千円札を1枚取り出し、冴子はそれをテーブルの上に置いた。

「じゃあね! 気をつけて帰んなよ!」

そう言うと、冴子は散らばっていた荷物を鞄に詰め込んで、軽くひらひらと手を振った。

「うん、ばいばい」

小さく手を振り返し、冴子が足早に出て行くのをじっと見送る。


夜だっていうのに、本当に、日本も元気な国だ。

ファミリーのためのレストラン、というはずなのに、ザワザワと絶えず賑やかな会話が聞こえてくる。独り雑音に掻き消されそうになりながら、ぼんやり外の景色を眺めて残りのピザを頬張った。

冴子がいないと、急に夢から覚めたかのように、あたしの心は静かで、なのにずっと不安定に揺れている。

気を紛らわさないと、あたしは、やっぱり昇ちゃんの事ばっかり考えてしまうんだ。
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