天を衝く槍
「辛いのも分からんわけじゃないけど、はよ任務に行きいや」
とある日、なかなか任務に顔を出さない私にヨースケが言った。
いつからこの部屋に籠っているのだろう。
かれこれ3日は経っていると思う。
「アルもまだ無理やろうし、正直俺とジルと二人でするんはキツイんじゃ」
ふと、ヨースケを見ると前より痩せている……痩せているというか、やつれているような気がした。
「……分かってます」
分かってる。
体を動かしていた方が楽だってことも。
もうシロさんに会えないことも。
「いい加減にせえよ、ほんま」
ヨースケからしたら、身内に近い人が一人死んだ程度で萎えている私なんて、どうしようもないのかもしれない。
グッと胸ぐらを掴まれ、ヨースケは威嚇する。
「なんのためにAliceに入ったんや」
眉間にシワが寄る。
「ここに来たんは、親父のカタキとるんじゃないんか」
「なんで、それ…」
「違うんか」
ヨースケが私を叱る。
彼は私の目を見て、不意にパッと手を放した。
「ウサギが全滅する前にこんなこと次やったら、Alice追い出すで」
彼はそう吐き捨てると、部屋から出ていった。
一人になったこの部屋で、私はさっきヨースケに言われたことを思い出す。
『ここに来たんは、親父のカタキとるんじゃないんか』
そうだ。
私は当初の目的を思い出す。
彼に言われて気づいた。
私はウサギを滅する為にここに入ったのだ。
ヨースケの言う通りだ。
それならば、残ったウサギをすべて倒すまで、彼を想って泣くのは止めよう。
私はそう心に決め、制服に着替えてソンジュさんの部屋へと足を運ぶ。
新品でまだ新しいにおいがついていた私の制服は、いつの間にか私のにおいがついていた。
私がAliceに来てかれこれ3年になる。
濃すぎる3年だった。
そして、これからも。
「もう大丈夫?」
彼の部屋にノックして入ると、ソンジュさんが私の様子を伺い、私が初めて彼からもらった飴と同じ種類の飴を私に渡した。
「大丈夫です」
私は顔を上げ、顔を引き締めた。
「そう」
彼は目を細め、世界地図を開く。
「今回の任務は――」
随分と書類が減って綺麗になったこの部屋で、ソンジュさんの声が響く。
――シロさん
決めました。
貴方がAlice一の剣の使い手だったように、私もAlice一の槍の使い手になります。
たとえAliceが元のに戻ってしまっても。
天にある、淀んだどよんだ雲を裂いて行く手を光が照らすように。
天を衝く槍に。
「失礼しました」
ソンジュさんの部屋を出て、おじきをした。
「あ、待って」
ソンジュさんが珍しく私を呼びとめる。
「帰ってきたら、採寸しようか。新しいのいるでしょ」
「はい」
そして私は新たな目標を掲げ、その足を大きく踏み出したのだった。