死にたがりの魔法使いくんと死神ちゃん
Ⅰ.魔法使いくんと死神ちゃん
「あなたは、今日までの命です」
暖炉に火の灯った古い民家。その暖炉の前に置かれたソファに座っている人物に向かって宣告する。
「……そうかい。お迎えがきたんだね」
そう言って、目の前の老婦人は、にこやかに微笑む。
「こんな可愛らしい女の子に見送られるなら、死ぬのも怖くないわね」
パチパチと火の燃える音が響く。
「…何か、最期にやり残したことはありませんか?」
死ぬのが怖くない、だなんて。そんなわけあるはずがない。
この老婦人はもうかなりのお年だし、もう十分だという年月を生きてきたかもしれない。それでも、人間という生き物は『生』に、貪欲なのだ。
『生』を奪う側の私が言えることではないが、最期に叶えてあげられる範囲のことでならば、と気休めに老婦人に訊ねたのだ。
しかし、老婦人は首を横に振った。
「ありがとう、優しい死神さんだね」
優しい?そんな訳がない。違うんだ。本当は、自分が傷付きたくないから、そんな、そんな叶えてあげられるかもわからないことを平気で訊ねるんだ。
対象者が少しでも“奪う者(わたし)” を憎まないようにと。
「じゃぁ、1つだけ…。死神さんが…この先、辛いことを、分け合える…、そんな人に…出逢え、ます…ように」
「…え?」
老婦人は、だんだんと声が小さくなっていき、やがて目を閉じた。
時間がきたのだ。
私は自分の身長の倍はあるだろうかという、大きな鎌を両手で握りしめ、振り上げる。
どうか安らかに。と心で念じながら大鎌を振り落とす。
斬った、という感触はきちんとあるが目の前の老婦人は、身体はどこも斬れていないし、先ほどと何ら変わりのない姿で目を閉じているだけ。
私、死神と呼ばれる者が斬るのは魂のみで、身体には一切傷はつかない。
もう二度と目が開くことのない老婦人を見つめる。
さっき老婦人が最期に言った言葉…。声はかなり小さくて聞き取りづらかったが、きちんと最後まで聞こえていた。
「なんで、あんなこと…」
家の主のいなくなった暖炉の火は、いつの間にか消えていた。
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