ある冬の日
母がさっき私に一度も『ごめんね』と言わなかったのはたぶん、母自身も引っ越しすることに慣れてしまったからなんだろうな。
天井を見つめながら1人でそんなことを思った。
私の家はお父の仕事柄よく引っ越しをする。
今までも小学校のときに4回と中学校でも1回。
そして今回の引っ越しで6回目。
いくらお父の仕事柄しょうがないと言ってもちょっと多すぎだと思う。
「転校、やだな」
ため息混じりに私は今一番思っていることを呟く。
しばらくベッドでゴロゴロしていると、キッチンからお母が夕飯の準備をしている音が聞こえてきた。
包丁とまな板がぶつかる“とんとん”というやわらかい音は、なんだか私の怒りと悲しみの気持ちを打ち消してくれている気がした。
さっきお母は近所付き合いまた1からは大変だって言ってたけどさ、私だって学校の人間関係リセットされちゃったら大変なんだよ。
平常心を保ちながらも、それでも私は“また転校する”という事実だけはどうしても受け入れたくなかった。