赤い月 参
なのに彼女は逃げてくれない。
それどころか、視線を逸らしてさえくれない。
黒く澄んだ大きな瞳が、心の中まで見透かしているようで怖くなる。
「…
やっぱ、帰れば?
てか、早く逃げな?
そーじゃなくてもこんなトコ、アンタが来るような場所じゃねぇだろ?」
「妾がゆかねば祥子は戻らぬ。
そなたとて、望まぬ道を選ばざるを得なくなる。
そうであろう?」
ナニソレ?
静かな透き通る声が胸を刺す。
大吾は逆上して、傍にあったポリバケツを蹴り飛ばした。
生ゴミが散乱し、腐臭が路地に充満する。
ほらな?
ココは汚ねぇンだよ。
綺麗な声で、優しい言葉を吐ける、綺麗で優しい人には似合わねぇンだよ。
「アンタにゃ関係ねぇだろ!
帰れよ!!」
逃げろと言ったのは自分なのに、彼女を置いて逃げるように走り出す。