結婚白書Ⅰ 【違反切符】
幸せの予感
帰り着いたのは 彼女と別れて2時間近く経ってからだった。
家に入ると お袋の1オクターブ高い声が待っていた。
「高ちゃん 遅かったじゃないの 心配してたのよ」
言い訳を考える間もなく 次の言葉が襲ってきた
「ついに決めたのね お母さん 嬉しくて嬉しくて
さっき杉村さんのおば様からお電話を頂いて もうビックリよ」
いつもなら うざったい騒音にしか聞こえないお袋の声が
今日はそれほどイヤじゃない。
しゃべるだけしゃべらせておけばいい。
お袋の横で人事みたいに新聞を読んでいた親父がついと顔を上げて
指で丸を作る。
お袋に気づかれないように 同じ仕草を親父に返した。
男同士 意思の疎通完了!
お袋のおしゃべりは一向に止まらない。
「明日 あちら様にご挨拶に伺うんでしょう?
お母さんたちも行った方が良いわよね
あら 困ったわ 何を着て行こうかしら・・・
その点男の人はいいわね いつでもどこでも 背広があればいいんですからね」
ほっておくと とどまるところを知らないようだ。
「明日は俺だけ行くから 母さんたちは ちゃんと決まってから出てきてよ」
「アンタ 何言ってるの ちゃんと決まってからって
もう決まったことじゃないの
親が挨拶もしないなんて こんな失礼なことないのよ」
「いいって 明日は一人で行くから 母さんたちが急に行ったら
向こうだって迷惑だよ」
まったく 親が横にいたら 言いたいことも言えないよ
それに 親を引き連れて ”結婚を前提に交際を許してください”
なんてこと 恥ずかしくて言えやしない。
「だって高ちゃん それじゃ・・・」
それまで静観していた親父がお袋を制した。
「まぁいいじゃないか 高志の気の済むようにさせてやればいい」
親父の一言でお袋がシュンとなった。
それでもブツブツ言っていたが やがてあきらめたのか台所の片付けを始めた。