ノブレッソブリージュ
建物の中は雨が流れないぶん汚い。
フロントのリノリウムは、すでに血液が黒く変色してこびりついていた。
踏んでもまとわりつかない。
すぐに出口へ向かうかと思いきや、ローラントは受付に足を運んだ。
「…ロラン、どうした?」
ノエルがその後をついていく。
受付の台に上半身を突っ伏している支配人が、ちょうど右手を広げたままこと切れていた。
ローラントはその手の上に銀貨を6枚乗せる。
宿代だった。
「律儀だね、おまえ」
「代金を払うのは文明と経済社会に生きる者の義務だろ」
彼の場合、本気でそんな理由で金を置いていくのに違いなかった。
ノエルのように『見捨てた』罪悪感など微塵もなく、だから供養などと余計なことは考えまい。
ルールだから、それを守るのは文明人の義務なのだ。