オルガンの女神
┣「Hungry blue」
星屑の大海を、積雲が横断する。
石畳の街道。煉瓦造の建物。色彩豊かな花壇。橙色に照らす街灯。夜の香り。
街の名は、プルジコスタ。
男は紙袋を小脇に挟み、街の通りを歩いていた。
目に掛かる赤髪。柔らかい猫目。中性的な顔立ち。
青いシャツにベスト(黒)を羽織り、きりん柄のネクタイを締めた服装。
男の名は、ベック・ローチ。
ドレスシューズの足音は、やがて一軒のBARを前に止まる。
黒煉瓦の外壁。ネオン灯で綴られた看板。天井を越すパイプオルガンの飾り。
『オルガンの女神』…───。
ベックは鍵束から一つ選ぶと、それを鍵穴に挿した。
木製扉が開く。
酒瓶の並ぶ横木を、淡く照らす小振りな照明。
長テーブルをコの字に囲う、皮張り(深緑)のソファ。
質素な観葉植物が四隅に置かれ、スピーカーからは微かに音楽が流れる。
カウンター(横木)の内側でグラスを磨く女性は、このBARの店主。
琥珀色のショートボブ。檸檬(れもん)型の瞳。きめ細かい肌。
白シャツに黒のベスト姿。
名を、エマ・ブリッド。
「いらっしゃいベック」
「やあエマ。頼まれてた物、買ってきた」
そう言ってカウンターに紙袋を置き、一杯頼む。
バックバー(後棚)に整然と並ぶ酒瓶の数々。エマは「座って」と促すと、グラスではなく茶封筒を滑らせた。
「随分と小洒落た“一杯"だ事」
「あら、好きでしょ?」
「やれやれ」と茶封筒の紐を解く。
BAR『オルガンの女神』の店主兼、仲介屋を営むエマ。
仲介屋とは依頼主(クライアント)からの依頼を、管理下の掃除屋(クリーナー)に振り分ける者を指す。
仲介屋の取分は報酬の五%。個人運営が難儀な業界、掃除屋(クリーナー)側も五%の損失は妥当と言える。
そしてエマはカウンターの内側にPCを一台、PB(※P-バンク)を五台置き、常時依頼主(クライアント)の要望に応対可能な態勢を持つ、敏腕の仲介屋だ。
「どれどれ」
その時、店の電話が鳴った。