好き。
「親父には世話なってたし、それに親父の背中を見て育ってきた。医者になるのは、俺の中じゃ“当たり前”だった。けど…」
「…?」
「勉強範囲はバカみてぇに難しいわ、教師には“お前には無理”だと言われるわ。こんなの意味あんのかよって思ってた。そんなときだよ、お前に出会ったのは」
「…っ」
急に出てきた自分の名前に、自然と体がビクついた。
「ビクビク震えて、けど目だけはしっかり前を向いてた。ぬいぐるみ片手にして見えた細い腕には、何度も針を刺した痕とか見えて」
だんだんと蘇ってくる、あのときの記憶。
あのときはただ怖かった記憶がある。それぐらい、私は人慣れをしていなかったというのもあるんだけど。
「何考えてんだ俺は、って思った。
ただ親父追いかけてるだけってのに気づいたのはそんときだ。
医者になる本当の理由を、俺は考えてなかったんだよ」
「…本当の、理由」
「お前がバカみたいに笑って走れる日が来るように、俺が助ける。それが、俺の理由になった。もちろん、それだけじゃねぇけど。一番はそれなんだよ」
「っ、」
「なあ、若葉」
嗚呼、ずるい。ずるいな、秋くんは。
滅多に名前でなんか呼ばないくせに。
いつも“お前”とかだけなのに。
「お前何先に進んでんだよ。俺がようやっと医大合格したっつーのに。中2のくせして高1の問題なんか終わらせちまって。おまけに、俺に近づいたかなんて」
眉を寄せて、少しだけ不機嫌そうな顔をした秋くん。
出会った頃と、まったく変わらないその表情。
だけど、纏う空気はあの頃よりも何倍も何十倍も大人で。
「これ以上、俺を焦らせるなよ」