自己チューなアラサー転勤族主婦の妊娠日記
5月28日(火) その2


 午前9時

 やってきた夫が「あれ? いない」とカートを探す。

「沐浴の時間なの」と説明。



 待ちに待った、二人の時間。

 昨日会ったばかりなのに、夫と会うのが随分久しぶりに感じる。

 午後9時の消灯以降、音楽もテレビもない場所で、全身の痛みに耐え、他の赤ちゃんの泣き声で一睡もできずに、三時間毎の授乳やオムツ替えを行う夜は、長い。

 本当に、長い。

 そして、辛い。




 夫がいると、精神が安定する。


 他の二つのベッドにもそれぞれ面会者が来ていて、どこのベッドもヒソヒソ話を楽しんでいる。




「明日の夕方には大阪帰るからさ、出生証明書もらって、午前の面会が終わったら、出生届出してくるよ」と、夫。


 そうだった。夫は、明日帰ってしまう。


 夫が帰ってしまったら、昼間の面会時間もずっと一人きりで過ごさなければならない。

 私の退院は土曜日。水、木、金、土……


 4日も残っている。



 ものすごく、不安。




「失礼します」

 ガラガラガラ。


 看護学生さんが「元」中の人のカートを押して入ってきた。


「あ、こんにちは」「どうも、お世話になっています」

 夫と看護学生さんが挨拶をする。

 続けて、助産師さんもやってきた。



「赤ちゃんの体重の減り、さほどじゃなかったから、今日は入院しなくて大丈夫だよ」

「そうですか」

 一応、安堵の表情を浮かべる。

 内心は……残念だと思った。




 本当に、本気で、めちゃめちゃお腹とお尻が痛い。むくみもどんどん酷くなっている。足はパンパンで、一歩歩くたびに、ドクンドクンと血管的な(?)痛みが走る。今日は更に両手もむくみだし、結婚指輪が外せなくなってしまった。

 この状態で、3時間置きに哺乳瓶を給湯室に取りに行くのは、かなり苦痛なのだ。

 それに、眠っていないせいか、ずっとクラクラしている。


 だから、「元」中の人が入院してくれたら、ちょっと休めるなと期待していた。



 本当に、残念だ。




 助産師さんが、記録用紙をチェック。

「そろそろ授乳の時間だね。ちゃんとできてるか、見させてね」

「……はい」



 これも、すごいストレス。




 夫と楽しく過ごしたいのに、なんで今、しかもテストみたいなことをしなければならないのだろう。

 母乳育児なんか、全然望んでないのに。

 むしろ、ガンガンミルク使いたい!

 今、入院中のストレスもあってか、ビールが飲みたくて仕方ない!


 それに、どうして一人だけ、みんなの前で胸を出さなきゃいけないんだろう。


 でも、不満は口にできない。


 ここで、「赤ちゃんの泣き声が嫌いです」とか、「お酒飲みたいので、ミルク育児します」とか、「人前で胸出したくないです」とか言ったら、それこそ助産師さん全員集合で説教されそうだ。


 とゆうか、私は、世間体を「かなり」気にするタイプ。




 人の顔色ばっかり伺って、その人の望む行動を取ろうとする。

 優等生を演じたがる。

 自分に自信がないくせに、プライドばっかり高いからだ。

 そのくせ、文句が多い。すぐ、他人のせいにする。




 ホント、どうしようもない。

 もし、私と同じ性格の人が近くにいても、私は絶対に友達にならない。









 ……結局、得意な左胸で実践。

「うん。上手く出来てるね」


 ホッとする。






 でも……





「今度は反対でやってみようか」


 ……やっぱり。



 右胸で挑戦。

 もちろん、上手く吸ってくれない。




「こっちもできるようにならないとね」

「そうですよね。どうしたらいいですか?」


 と、優等生ぶりっこ。





 あれやこれやと、助産師さんの指示に従い実践する。

「元」中の人はすぐ寝るので、足裏をくすぐりながらの作業。


 20分経過。



 やっと、ちょっと吸った。




「うん、右側はこのやり方にしようか」と満足げに頷く助産師さん。





 最終的に、フットボール抱きという抱き方になった。


 ラグビー選手がボールを抱えるように、右腕に赤ちゃんを抱え、右胸を吸わせる。


「もっと深く含ませるようにした方がいいね。乳首だけ吸わせてると痛くなるよ」



 既に痛くなってます。

 でも、「元」中の人の口は、かなり小さいんです。

 なかなか口も開けてくれないし、そうこうしているうちに寝ちゃうし。

 だから、ミルクにしたいです。





 ‥‥‥‥‥‥





「頑張ります」と笑顔で言ってしまう、情けない自分。

「うん、じゃあ後はミルクを飲ませて、頑張ってね」「はい」


 夫が出生証明書の件を助産師さんに訪ね「今持って来ますね」と帰って行った。





「授乳って難しいですね」としみじみ看護学生さん。


「また午後に伺うつもりですが、何かお手伝いできることがあったら言ってください」

 本当に、いい人だ。



「血液型って、わかりますか?」と夫。

「どうなんだろう? 午後までに聞いておきますね」と看護学生さん。


 学生さんが帰り、助産師さんが必要書類を持ってきて「頑張ってね」と帰り、やっと二人きりになったと思ったら、もうお昼。


 夫が気に入っている病院食を、二人で分け合って食べているうちに、もう13時。



 夫も帰り、他の面会者もいなくなって、赤ちゃんの泣き声がうるさいだけの部屋になった。


 シャワー室は2つしかないので、他の人に取られないうちに、そそくさ準備にかかる。


 面会時間と面会時間の合間にちゃちゃっと済ませて、夫との時間を満喫したい。

「元」中の人を保育室へ連れて行き、シャワールームへ。




 相変わらず、鮮血がドバドバ出ている。

 お尻も痛い。

 立っていると足がジンジンする。

 それにクラクラする。

 お腹の皮がたるんでいる。これ、本当に戻るよね。




 色々怖いので、ささっと洗って終了。




 ドライヤーで髪を乾かしながらセリオンを眺め、ああ、ここは秋田だったと思った。




 入院していると、自分がどこにいるのかわからなくなる。





 早く、元の生活に戻りたい。













 
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