自己チューなアラサー転勤族主婦の妊娠日記
5月29日(水) その6


 午後8時。

 保育室で「元」中の人に、独り黙々と母乳をあげる。


「15分くらい吸わせたら、体重計ってね」

 そう言い残し、助産師さんはどこかへ行ってしまった。


 放置プレイですか!


 イライラする。



 母乳をあげ終え、体重測定。

 30g増えていた。



 頃合を見計らい、助産師さんが戻って来る。

「うん、ちゃんと飲めてるね」と頷く。



 それから、「元」中の人を見て、

「なんか、むずむずしてるね。ウンチかな?」



 はあ??



「さっき、ウンチの途中だったので」とさすがに低めの声で不愉快感を露わにする。

「そうか~、じゃあちょっと、オムツ見てみようか」

 まるで、今知ったみたいな口ぶり。



 なんなの、この人?



 イライラしながら、オムツ交換。



 今日の私は、夫がいない寂しさをなんとか紛らわそうと頑張っている。

 出産から続く疲れもある。

 慣れない入院のストレスも溜まっている。

 全身の痛みもある。

 かなり精神的にいっぱいいっぱい。

 コップから水が溢れる寸前。


 あと一滴でも、ストレスが落ちてきたら、ジャバァと、なんか色々こぼれてしまいそうなのに。



「ウンチ出てないねぇ」と助産師さん。

「たぶん、中断されたせいで止まっちゃったんだと思います」

 嫌味のつもりで、助産師さんの顔を見ずに応える。


 それでも、彼女は平然としている。

「じゃあ、ミルクあげてね」


 もういいや、と、無言で哺乳瓶を「元」中の人に与える。




 もちろん、予想通りの展開。



 飲ませようとすると、舌で哺乳瓶の乳首を口の端に押し出した。

 何度やっても、絶対に飲もうとしない。



「ちょっと貸して」と助産師さん。


 朝の助産師さんよりも(助産師さんは5~6人いて、曜日と昼夜勤でローテーションしている)、更に強引に哺乳瓶を突っ込んだ。


 けれど、今回は「元」中の人も、意地でも飲まないつもりのよう。

 助産師さんが哺乳瓶を押し込む度に、「げぇ」と咳き込んだり、舌でガードしたりして、徹底抗戦している。


 こういう姿を見ていると、実は、この人は全てを知っていて、ただ喋れないだけじゃないかと思ったりする。



 それでも、助産師さんは足を引っ掻いたり、顎を抑えたりして、何度も何度も哺乳瓶を突っ込む。


「元」中の人が、苦しそうに顔を歪めているのに、一向にお構いなし。




 ひどい! と思った。

 これじゃ、まるで拷問じゃん!



 こんなに、小さいのに。

 まだ、生まれて間もないのに。



 そこまでして、本当にミルクをあげなきゃならないの??


 夜だし、病院内の蛍光灯も仄暗いしで、余計に心が折れそう。



 結局、助産師さんはミルク10ml飲ませたところで、「お腹いっぱいなのかな」と、やっと諦めた。





 個室に戻る。


「元」中の人、眉を寄せて、まだ苦しそうな顔をしている。




 なんか、涙出そう。



 こんな時に、部屋に独りきり。

 心細い。



「大丈夫?」

 寂しさを紛らわすために、「元」中の人の手を握って、呼びかけてみる。

 

 何の反応もない。


 ただただ、眉を寄せて、渋い顔で眠っている。




「もう怖くないよ。大丈夫だからね」

 そう呼びかけた途端、胸が詰まって、やっぱり涙が出た。


 元々、涙腺弱いから、ほんのちょっとのことで涙が出てしまう。







「頑張ったね。大丈夫だからね」

「蓮、大丈夫だからね」

 頭を撫でて、初めて、名前も呼んでみた。





 ‥‥‥‥‥‥




「蓮。大丈夫だよ~」




「蓮、大丈夫だからね」




 名前を連呼しながら頭を撫でていると、ほんわかした気持ちになった。






 これって、もしかして。







 動物テラピー??







 高ぶった気持ちが鎮静され、足を投げ出してベッドに横たわる。


 なんか今、すごく安らかに眠れそう。














 





 











 
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