自己チューなアラサー転勤族主婦の妊娠日記
5月30日(木) その7


 20分間の、哺乳量測定が終わる。


 体重は……




 増えていなかった。






 なんとなくそんな気がしていた。

 胸がヒリヒリして、ちゃんと吸わせられなかった。

 でも、それだけではなく、なんとなくだけど、出ない気がした。



「おっぱいの出は悪くないから、赤ちゃんの吸う力が弱いのかもしれないね。沐浴の練習が終わったら、搾乳器で搾乳してみようか」

「はい」



 搾乳器って……


 響きが、ものすごくイヤ!

 私はホルスタインじゃない!!
 

 世の中のお母さんたちは、何とも思わないのだろうか??


 私だったら、もっと可愛い名前を付けるのに。

 この、全く配慮のない命名。

 命名者は、男性に違いない。



 精神的な疲労を感じつつ、蓮を保育室に預けて、看護学生さんと沐浴室へ向かった。

 そこには、蓮より一回り大きいベビー人形と、優しそうな助産師さんが待っていた。


「じゃあ、始めましょうか」


 ベビー人形の洋服を脱がせる。



 ずしり!



「この子、重いですね」

「3400gあるので、蓮ちゃんより1kg以上大きいです」


 ……蓮、ちっちゃくて良かった。

 こんな大きくて重たい赤ちゃんをお腹から出す自信は、ない。

 でも、このサイズが標準的な出生児なんだろうな。



 つくづく世のママさんたちを、尊敬する。




 服を脱がせたら、顔を拭いて、いざ浴槽へ。


 左手で両耳を塞ぎつつ頭を支える。


 午前の沐浴レッスンの時は、助産師さんがヒョイヒョイ進めていたので簡単に見えたけど、実際にやってみると、なかなか、難しい。


 人形が重くて、腕がもげそう。


 右手は石鹸を泡立てて、頭を洗ったり体を洗ったりする。



 目や耳にお湯が入りそうになる。

 表が終わったら、赤ちゃんをひっくり返して背中を洗う。


 これが、本当に難しい。

 首が座っていないから、重いのにグニャグニャで、上手くひっくり返せない。

 赤ちゃんの顔がお湯に浸かりそうになったり、落としそうになったりと、ヒヤヒヤしっぱなし。


 沐浴中はずっと「うわっ」「きゃぁ」「やばい」と、一人テンパりまくりだった。



 やっとのことで、沐浴を終える。



 赤ちゃんの体力を考えて、沐浴の目安は5分程度。

 私は15分くらいかかってしまった。



 人形でもこんなに難しいのに、生身の蓮をちゃんと沐浴できるのだろうか。


 赤ちゃんがお風呂場で溺死する事故って、わりと聞くような……


 青ざめる。



「大丈夫、上手だったよ。最初は一人でやろうと考えずに、家族皆に手伝ってもらえばいいのよ」と助産師さんがなぐさめてくれた。



 今後の育児、先行き不安すぎる。
 


 蓮を連れて個室へ戻る。

 ずっと変な体制だったから、左側全体が凝ってしまった。

 体力の限界。眠りたい。




「S(私の苗字)さん、入るよ」

 バースプランの時の助産師さんが、入ってきた。


「搾乳器の使用方法を教えるから、やってみようか」


 夫がいなくなって、午前午後と、暇を持て余すかと思っていたけれど、持て余すような暇がない。

 母と妹がくれたマンガは、封も切らずじまいだ。




 搾乳器は、ロート型のシリコンに、ポンプ式のハンドルがついたシンプルな器具で、それを哺乳瓶の蓋に装着して使うらしい。

「このシリコン部分を乳首に密着させて、ハンドルを握ったり離したりすると、おっぱいに圧がかかって、母乳が出てくるの」

 と、助産師さん。



 近寄って、驚いた。






 臭っ!!!!!!!




 シリコン、半端なく臭い。


 半乾きの雑巾とか、臭くなった台拭きみたいな匂いがする!

 雑菌が大量に繁殖している匂いだよ、これ!!



 こんなに臭いのに、助産師さん、全く気づいてない。

 なんで??

 このシリコン、不衛生だよ!





「じゃあ、やってみて」

 フツーに手渡される。



 あまりにも平然な助産師さん。



 もしかして、私が敏感なだけ?

 でも、本当に臭いんですけど。

 鼻つまみたいくらい臭いのに、この人はどうして気がつかないの?

 

 ……やっぱり、私の気のせい??

 いや、でも。






 結局、「シリコンが臭いです」とは言い出せず、なるべく匂いを吸い込まないように、胸に近づける。


 うう、気持ち悪い!




「もっと、こうやって乳首にぴったりフィットさせて」

 遠慮ない助産師さん。


「そしたら、このハンドルを、こうやって握ったり、離したりする」

 彼女がハンドルを操作すると……


「!!」


 痛いっ!!!!!



 シリコン内部が真空になって、乳首がギュウギュウと引っ張られる!


「ああ、出るね」


 確かに、ハンドルを握って離す度に、黄色い母乳が線になって哺乳瓶を流れていく。


 でも、痛すぎる!

 そして、臭すぎる!!



「じゃあ、このまま続けて。左が終わったら右側も絞ってね。また、後で見に来るから」

 助産師さんは、部屋を出て行ってしまった。




 仕方なく、搾乳を続ける。

 ハンドルを握る度に、乳首がヒリヒリして、もげそうになる。


 痛いし臭いし、泣きそう。



 それに……


 左胸の乳首の形、なんか、おかしくない?



 慌てて、搾乳器を取り外す。

 シリコンが密着していた場所が赤くなっていて、ヒリヒリ熱い。



 そして……


「嘘でしょ!! 何、これ!!!」


 乳首が腫れて二倍以上に膨らんでいる!



 落ち着け。すぐに戻るよ。と言い聞かせ、しばらく待つ。






「もう、ヤダ!!」


 一向に治る気配なし。



 また、涙が出た。








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