自己チューなアラサー転勤族主婦の妊娠日記
5月30日(木) その9


 泣きすぎて、瞼が腫れてしまった。


 両親に泣いたと知られるのが恥ずかしくて、「これから授乳指導があるので、今日の面会は来なくていいよ」と、母に絵文字付きのメールを送った。

「分かった。じゃあ、明日ね(ハート)」と、返信が届く。



 気分を変えないといけない。




 マッハでシャワーを浴びた後、夫がくれたカードを挿入して、テレビを付けてみる。

 お笑い番組を見ながら夕食を食べると、実家にいるみたいで安らいだ。


 入院前は嫌で堪らなかった実家が、今は堪らなく恋しい。



 孤独な団欒。




 午後9時。消灯。

 消灯後のテレビは禁止されている。

 真夜中の修行、スタートだ。






 
 今夜は、とにもかくにも、搾乳。



 痛みに耐えながらマッサージをして、搾乳。

 出なくなったら、マッサージ。

 そして搾乳。


 左胸は、わりと絞れる。

 右胸は固くて出が悪く、やっと出ても指を伝って哺乳瓶の外側に付着してしまう。


 結果、左胸ばかり酷使してしまい、痛みが酷くなる。


 そうしてギリギリ30mlに見えそうな量に達したら、ちょっと休んで、哺乳瓶を交換して、また搾乳。




 そろそろ、授乳時間。

 オムツを交換し、胸をちょっとだけ吸わせて、哺乳瓶の母乳とミルクを与える。

 蓮はミルクを20ml飲むと、必ず舌で哺乳瓶を押し出す。


「もういらない」と訴えている。


 でも、あげないと見回りの助産師さんに色々言われてしまう。



 嫌がる蓮の口に哺乳瓶を突っ込んで、更に5ml飲ませた。


 授乳が終わったら、ひたすら搾乳。






 そうして、午前3時を過ぎた頃。



「イヤー、イヤー!」

 蓮が泣いた。


 あやそうと、抱き上げた瞬間!



「ゴボッ」



 噴水みたいに、口から大量のミルクが出た。


「え? 何? どうしたのっ??」

 驚いて、蓮をカートに戻し、慌ててティッシュで口の周りや肌着を拭く。


「イヤァ! アア!!」

 蓮は火が付いたみたいに泣きじゃくっている。




 どうしよう!!





 飲んだ後にいつも吐くけど、こんなふうにゴボッと吐いたことはなかった。



 パニックに陥る。




 きっと、無理矢理ミルクを飲ませすぎたせいだ!




「ゴボッ」

 また吐いた!


「イヤァ! アア!! イーヤァ」


 どうしよう!



 慌ててナースコールを押す。

『どうしました?』

「あの、赤ちゃんが、口からミルクを噴水みたいに吐き出して、すごく泣いてます」


『わかりました。今、行きます』


 オロオロしながら、ティッシュで口を拭く。



 私のせいだ!

 助産師さんに怒られたくないばっかりに、連のことも考えずに、無理矢理ミルクを与えたりしたからだ。

 なんで、そんなことしたんだろう。

 あんなに嫌がってたのに。




 二回目のミルクを吐き出し、しばらくすると、蓮は眠ってしまった。



「S(私の苗字)さん、赤ちゃん吐いたって?」

 助産師さんが入ってくる。


「ナースコールを押した後も、また噴水みたいに吐きました」

「そうかぁ」と、静かになった蓮を覗き込む助産師さん。



 すごく、不安だった。



「うん。全然大丈夫。赤ちゃんは吐くものだからねぇ。ほら、本人もけろっとしてるよ。問題ない、問題ない」

 連の顔をちょっと眺め、助産師さんが言う。





「……良かった」

 心底、ホッとした。



「あら、どうした? ビックリしちゃったか」

 背中をさすられる。



 泣きながら頷いた。

 すごく怖かった。

 ホッとしたら、わけがわからなくなった。




「うん。泣け泣け。色々溜まってるものを吐き出しちゃいな。泣けばすっきりするから」

 助産師さんが戻ってからもしばらくの間、私は、しゃくりあげながら泣き続けた。





 もう絶対に、ミルクを無理強いするのは止めよう。

 記録用紙は、改ざんしよう。




 泣いている間中、繰り返し、そう考えていた。



 

 






 

 
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