ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】



「ぬり絵をするくらいなら、英語をした方がタメになると思うんですけどね」

「那智は英語が苦手だろう?」

 からかってやると、「それでもやるんです」と那智は返事した。
 苦手を苦手のままにしておきたくない。これを弱点にしたくない。

 那智はしごく真面目に答えて、英文法を睨んでいた。さっそく躓いたのか、思いきり唸りながら電子辞書を起動する。

 ますます不安を覚える。
 こんな那智は初めてだ。成長しようとしているっつーか何っつーか……もしかして俺から離れるつもりなのか? それはぜってぇに許さないんだが。

 困惑する俺を余所に那智は言う。国語も英語も絶対に克服する、弱点は全部消してみせると。

「弱点の数だけ、おれは弱くなります。また泣き虫毛虫になる。兄さまの足を引っ張る。守られるだけの存在に成り下がる――そんなの嫌ですから」

 それは思わぬ言葉だった。
 ドリルに目を向ける那智の横顔には本気を感じる。那智は本当に自分の中の『弱点』を消し去ろうと心に誓っているようだった。

「退院したら体力づくりもやらなきゃ。あの時、おれはお父さんに負けてしまったから」

 非力なのも『弱点』だと口走る那智は、少しずつ克服するから待っててね、と俺に笑顔を向けた。

 俺は困惑したまま不安だけ吹き飛んだ状態となった。那智の行動はすべて俺のためだと気持ちが伝わってきたからだ。嬉しい、それはとても嬉しいんだが、やっぱり那智らしくない。

 俺は那智が泣き虫毛虫でも気にしていないのに。今のままでも十分なのに。

「那智。お前、俺が殴られた後、親父の前に飛び出したらしいな」

 うん。那智はひとつ頷いた。

「悪かったな。怖かっただろう?」

 益田には釘を刺しておけ、と言われたものの叱る気持ちにもなれず、俺は那智に詫びた。
 那智にそういう真似をさせてしまったのは俺が不用心が原因だ。おおよそ那智は俺を守るために、自分の容態も顧みず、飛び出したに違いない。
 すると那智は謝られたことに首を傾げ、今日一番の笑顔を見せた。それはどこまでも純粋で無垢な笑顔だった。

「どうして兄さまが謝るんですか。おれは兄さまに『おれ』をあげたんだから、『おれ』は兄さまのために使うべきでしょう? 結果的に負けちゃいましたけど……」

 だから今度は負けない、傷口を蹴られても耐えられるだけの体を持つ。

 那智は唇をひよこのように尖らせて、自分の非力さを『弱点』だと唸った。
 ノートの傍に置いているお揃いのボールペンをペンケースから取り出すと、それを逆手に持ち変えて、軽く振る素振りを見せた。兄を想う純粋な気持ちはどこまでも透き通っていて狂気じみていた。常人なら恐怖を感じるかもしれねえ。

 だけど残念男の俺は心の底から歓喜していた。

 那智が俺中心に物事を考えて、決意を固めて、行動を起こしている。喜ばないわけがない。
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