ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
【勝呂刑事と緊急走行】
下川治樹の六つ下の弟、下川那智が誘拐されて三日目の夕方。
被害者本人から兄の携帯宛に連絡が入ったことで、それまで膠着状態だった捜査が急変した。
下川那智は入院先の病院から北西に離れた小規模の山中にいることが判明。そこは市街地から外れた場所で、主に農業が盛んな地域。その昔は工場が盛んだったが、時代の流れにより多くの工場が閉鎖をしており、被害者は閉鎖した工場の一角、鉄工場廃墟付近にいることが明らかになった。
勝呂 芳也は上司の益田 清蔵、先輩刑事の柴木 智子と共に覆面パトカーに乗り込み、緊急走行を合図するサイレンを鳴らしながら、被害者のいる鉄工場廃墟を目指した。
通常であれば三時間は要する道を、その半分に短縮しろと命じられたので、勝呂は常に強くアクセルを踏んでいる。
「雨風がひでぇな。坊主の奴、この中を逃げ回っているのか」
助手席に座る益田が苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
勝呂は運転に集中しながらも、フロントに叩きつけられる雨粒と風の強さに目を細めた。
最悪の天気だ。下川那智は鉄工場廃墟地付近を逃げ回っている。あの辺りは小規模ながらも山地帯。山の気温は寒暖差が激しく、特に夜の山は春夏秋冬問わず冷える。晴れの夜だって冷えるのに、雨風がひどい夜の山を逃げ回るなんて低体温症になるリスクが大きい。
あの子どもはただでさえ腹部に傷を負った身。長時間、山地帯を逃げ回るのは困難だろう。一刻も早く子どもを保護しなければ、命が危ぶまれてしまう。
(下川治樹はずいぶんと冷静だな)
勝呂はバックミラー越しに、後部席に座る第四者の存在を確認する。
柴木の隣に座る下川治樹は当たり前のように、覆面パトカーに乗り込んできた。
理由はもちろん、弟の安否を確かめるため。もとい弟を救うため。弟を迎えに行くため。
本当は病室で待機させる予定だったが、下川治樹は下川那智と繋がっている携帯を見せつけ、益田達に「那智が話せる相手は俺だけだ」と言って、ついて行く主張を貫き通した。
もしものことがあったらどう対処するのだ、と脅すように詰問された顔はまこと能面だった。
一切の感情を面に出さず、つとめて冷静に、けれどもどこまでも冷たく警察の動きを観察する下川治樹は「情報は必要だろう?」と言って、上司にトドメをさしていた。
とはいえ、まあこうなるだろうな、とは薄々感じていた。
下川治樹は弟を深く愛している。それこそ勝呂が理解できない領域まで、弟を深く愛している。その弟を攫われたのだから、ついて行くと主張することは容易に予想ができた。
その証拠に益田も強くは反対の意を唱えなかった。
代わりに警察の指示には従えよ、と釘を刺していた。
(……いまは携帯を見ているな。弟の連絡を待っているんだろう)
勝呂は視線を道路に戻すと、左にハンドルを切った。