ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
『もしもし、兄さま。聞こえますか』
と、下川治樹の携帯から少年の震え声が聞こえた。
スピーカー状態にしているため、少年は車内に響いた。
弟の声を耳にした下川治樹は、鋭い眼光を携帯に向けると、「聞こえるよ」と返事する。その声音は幾分柔らかいものになっていた。
対照的に下川那智の声音はずいぶんとかたい。誰が聞いてもそれは恐怖に慄いた声音だった。
「いまどんな状況だ?」
下川治樹の問いに弟は答える。
『どうにか鳥井さんを撒いて工場の中に入って、適当に階段の物陰に隠れています。兄さまはこの工場って誰も人がいないんですよね? さびれた機械ばっかりで荒れ放題ですし』
「那智がいる鉄工場は閉鎖されている。人はいねえはずだ」
『警察の人はもう来ていますか? おれを呼ぶ人達がいるんです。警察だよ。もう大丈夫だよって』
警察が来ている可能性は無いことも無い。
事前に地元の警察に一報を入れ、連携を取りながら現場に向かってもらっている。が、下川那智は続けざま、『兄さまはもう着いていますか?』と尋ねてきた。
『その人達、兄さまが工場の外で待っているよって言うんです。それを聞いた瞬間、うそだって思いました。もしそうなら、兄さまからこの携帯に連絡をくれると思って』
「警察を騙る輩がいるってことか。何人だ?」
『わかんないです。声を聞くかぎりは4、5人くらいでした。パトカーのサイレンとかは聞こえません』
すると益田が下川治樹の手から携帯を取り上げ、「よく聞け坊主」と語気を強めた。
「身を隠しているなら絶対にそこから出るな。お前さんを迎えに行かせるのは、坊主が顔を知った人間に絞る。益田、勝呂、柴木、そして坊主の兄貴。この4人に絞る。それ以外はどんな声が聞こえても反応をするな。それがたとえ、本心でお前さんの身を案じた警察だろうとな」
前触れもなく携帯から聞こえる声が代わり、下川那智は戸惑ったように声を詰まらせていたが、携帯の画面を一つ叩いてイエスの代わりとした。
それを確認した益田は下川治樹に携帯を返して、弟からもっと情報を聞いてほしい、と頼む。
「那智。お前を攫った人間は複数いるのか?」
下川治樹の声を耳にして、安堵したのだろう。下川那智はいいえと答えた。
『おれを攫ったのは鳥井さんひとりでした。この三日間、鳥井さん以外の人間を見ていません。ただ鳥井さんにお仲間がいることは知っています。通話しているところを聞いていたので。お互いにコードネームで呼び合っていました。鳥井さんは烏、電話の相手は梟と呼んでいました』
鳥井の名前を知ったのは、電話の相手がうっかり本名で呼んでいたから、と下川那智は語る。
それを聞いた下川治樹はなるほど、と頷く。