ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
α.Beautiful World-アルファ-
【α】
「――いた。益田警部、いました! 下川那智くんがいましたよ!」
降りしきる雨の中。
下川治樹の後を追っていた益田 清蔵は、鉄工場廃墟の一角にある溶接場跡地に足を踏み入れていた。
多くの廃材や錆びれた機械が放置されている工場内に、先陣切った部下の勝呂 芳也の呼び掛けによって慎重に奥へ進んでいた益田の歩みが駆け足となる。
ペンライトでこっちだと手を振ってくる勝呂は、被害者のこと下川那智の身を抱き起こしていた。
そのまま怪我の具合を確認し始めたので、益田も片膝を折って参加する。
下川那智は積み上がった廃材と廃材の間に隠されるように寝かされていた。
「こりゃひでぇ。体も冷え切ってやがる」
被害者はずいぶんとひどい暴行を受けたようで腫れた顔と鼻血の痕はもちろん、益田が濡れた衣服を捲し上げると腹部に黒い痣がいくつも咲いていた。視野が悪いせいで肉眼では判断しかねるが、腹部そのものが腫れているようで、黒い痣のまわりの皮膚は真っ赤に染まっている。
また皮膚の焦げた痕を見つけた益田は、その怪我の正体に予想を立てると、そっと衣服を元に戻して、気を失っている少年の手首を流し目にする。
悪意ある拘束器具に苦い顔で唸り、遅れてきた警官に「急いで毛布と工具の準備をしろ」と、手短く命令を出した。
「勝呂。坊主を急いで、救急病院に連れて行け。ここでの救急搬送要請は隊員に危険が及ぶ」
「了解です」
「切断場跡地は通るな」
「分かっています。切断場跡地ではまだ不審な輩数人と警察が銃撃戦を繰り広げているでしょうから。柴木さんは」
「工場内を見てまわってくれている。すぐに合流するだろうさ」
まったく、誰がこのような事態を想定しただろうか。
被害者を救うために駆けつけた鉄工場廃墟で誘拐犯と対峙するどころか、到着した警察の姿を見るや焦燥感を滲ませながら発砲してくる不審な輩数人と銃撃戦になるなんぞ、本当に誰もが予想しなかった事態である。
新たな混乱が生まれたことで、益田達はひとりで鉄工場廃墟に飛び込んだ下川治樹を見失ってしまった。
急いで下川治樹を見つけなければ何をしでかすか分かったものではない。
あれはまこと感情の制御が下手くそだ。ひとつの感情に染まり切ってしまうと、それを抜け出すのに人十倍掛かるだろうと益田は睨んでいる。
(ばかな真似をしなきゃいいんだが)
ふと益田は下川那智の傍に転がっている上着の存在に気づき、それをおもむろに拾う。
下川治樹の上着だと理解した益田は、ふたたび下川那智に視線を向けると、「俺達よりも先に弟を見つけたのか」と眉を顰めた。あれは誰よりも弟を想う男だ。それこそ己を差し置いても、弟を優先にする。
そんな男が上着を置いて、弟の傍を離れているなんぞ、嫌な予感しかしない。
「……ボールペンも落ちてやがる」
益田は被害者の足元に置いているボールペンを拾うと、下川那智に視線を向け、力なく笑った。
「大切に使ってくれているんだな坊主」
木製のボールペンには無数の小さな疵が入っているが、肌身離さず、大事に持っていたのだろう。
これを贈った経緯は単純明快、下川那智の警察に対する警戒心を解いてもらうため。そのため大好きな兄とお揃いにして、ボールペンを贈ったのだが、ここまで大切にしてもらえるとは、正直予想していなかった。