ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
「坊主はお前さんの下に帰りたくて、犯人から逃げ出した。恐怖だってたくさんあっただろうさ。それでもお前さんの下に帰りたくて、兄ちゃんに電話した。この男に暴力を振るって、やり返してほしかったわけじゃない。純粋にお前さんの下に帰りたくて逃げてきたんだ。引け兄ちゃん。お前さんがやるべきことはこんなことじゃねえはずだ」
「だったらお前は許せるのかよ益田。大事な家族が攫われて暴行を加えられて。消えねえ傷を体に刻まれて……それだけじゃねえ、鳥井は弟を犯したと言いやがった。正直どこまでシたのかは分からねえが、少なからず那智は鳥井に性的暴行を受けた」
「……坊主が」
はじめて下川治樹が感情を見せた。
それは怒りと憎しみと嫉妬が混じり合った、歪んだ顔であった。
「男が男に性的暴行を受けたなんざ笑うか? 俺はちっとも笑えねえよ。なんであいつばっかり、こんな目に遭うんだ。俺の弟だから悪いのか? 弱点になっている那智が悪いのかっ? 俺も那智もやっと両親の呪縛から解かれたっつーのに、今度は他人の暴行に苦しめられるなんざ思いもしなかった」
「…………」
「最愛の家族を無茶苦茶にされて、傷付けられて、それでも黙って引きさがるのが普通なのか? それが普通だって言うなら、俺は普通じゃなくていい。異常だって見られていい――俺は二度とやられる側に回るつもりはない。鳥井という男を許す気もない」
「許さなくていい。だがな暴力を振った先に待っているのはなんだ? お前さんに得になるようなものは何もねえよ」
「お前らは傷付けられたことがねえから、キレイゴトが抜かせるんだろうが。退け益田! 勝呂! 俺はそいつを楽に死なせるつもりはねえよっ!」
一変して、下川治樹は無表情を脱ぎ捨てると、怒りの感情を爆発させた。
最愛の弟が性的暴行を受けた現実に、感情が抑えられなくなったようだ。
痛めつけても甚振っても、この怒りや憎しみは決して消えることがない。やった側が無傷なのが許せない。それこそ生きていることさえ許せないと咆哮した。
益田と勝呂は下川治樹を必死に説得する。
もちろん下川治樹の言い分も怒りも理解ができる。許せない気持ちがあるのも当然のこと。
しかし、越えてはいけない一線がある。
越えてしまえば最後、失わなくていい日常まで失ってしまう。
それはあまりにも哀れだ。