ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
「兄ちゃんっ。このままじゃお前さんが努力した日常が崩れる。お前さんが拘束されたら、坊主はどうなる。ひとりになるぞ。坊主とまた離れ離れになりたいのか?!」
「もうとっくに崩れてるじゃねえか。どんなに努力しても、普通になろうとしても、周りが崩してくる。意味がねえっ。なんの意味もねえよっ!」
下川治樹は益田や勝呂と距離を取り、廃材の部品を拾ってそれらを投げると、素早く回り込んで近くにいた勝呂の背中を蹴り飛ばす。
勝呂は倒れそうになる体を持ち直し、相手の腕を掴んで捻り上げるも、下川治樹は表情一つ変えない。
痛みを感じないはずないのに、それをもろともせず、むしろ反対に勝呂の左腕を掴むと力任せに床に伏せさせた。
「邪魔だ」と言って、腕の骨ごと捻ろうとしたので益田が下川治樹の動きを封ずるために、廃材の部品を投げて手の甲に直撃させた。
けれども下川治樹は避けることもなく、動じることもなく、勝呂の左腕を捻り上げる。
骨を折られる前に、勝呂は相手の手首を力いっぱい殴り、身を捩って、自力で下川治樹の手から逃れた。が、凄まじい痛みが左腕に走っているようで、「やばいっすよ」と益田に苦言する。
「下川のお兄さんを一般人だと思って手加減していたら、マジで骨を折られます。止めるなら死ぬ気で止めないと」
「くそ、なんて奴だ。兄ちゃんひとりで複数の人間を相手にできた真の理由はこれか」
下川治樹は手腕があるだけではない、痛みに対して一切の恐怖心がないのだ。
痛みを与えることにも、与えられることにも耐性があり過ぎる。ゆえにカウンターのような行動を取れるし、他人を傷つけることに躊躇いがない。普通の人間ならば戸惑ってしまう行為も平然とやってのけてしまう。
これが下川治樹の強さに直結している。
弟の存在が彼をそこまで強くさせているのだろう。
「怪我したくねえなら、さっさと退け。俺は鳥井以外に興味がねえんだからな」
あくまで下川治樹の狙いは鳥井ひとりのみ。
それを追い詰め、甚振り、地獄に落とすまでは誰にも邪魔はさせない、と謳う。
どんなに説得しようとしても、他人の戯言だと言わんばかりに聞く耳を貸さない。心にまったく響いていないのだろう。
この男を止めるには無理やり、力技で押さえつけてしまうのが最善の手だが……下手をすれば勝呂のように、反撃を食らいかねない。
所持している拳銃を使うのも手だが、使いどころは見極めないと、下川治樹が奪い取る可能性がある。
さらに言えば相手は犯罪者ではなく、被害者の家族であり一般人。ただの大学生ときたものだ。拳銃は奥の手にするべきだろう。
とはいえ、どうすればこの男の暴走を止められるのか。どうすれば。
考える隙を与えず、下川治樹が益田と勝呂の間を走り抜けた。
咄嗟に服を掴んで身を投げるも、下川治樹は床に叩きつけられる前に受け身を取って、難なく身に走る衝撃をかわしてしまう。それどころか、倒れている鳥井の前に辿り着くように、受け身を取る方角を変えていた。
なにからなにまで、化け物染みた行動力を見せてくれる。一体どのような生き方をすれば、ここまで冷静で冷徹な人間になれるのか。ああ、まずい!
振り返ったと同時に下川治樹が鳥井の前に辿り着いた。
益田は目撃する。
下川治樹が鳥井の前に立った、その瞬間、
「兄さまっ!」
真横から下川治樹を突き飛ばす少年の姿を。
突き飛ばされた下川治樹はほぼ条件反射で相手を蹴り返し、目に映った少年に激しい動揺を見せた。
まさか己の弟が突き飛ばしてくると思わなかったようで、「那智?」と、上ずった声で向こうに倒れた弟の名前を呼ぶ。