ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
「坊主っ!」
おおよそ本気で蹴ったのだろう。
下川那智は大きく咳き込み、横っ腹を押さえていた。
けれども痛む姿は見せず、「鳥井さんに兄さまは渡さない」と言いながら、よろよろ立ちあがった。その眼光は少年らしからぬ色を放っていた。
「兄さまはおれのだ。ずっと昔から、おれだけの兄さまなんだ。鳥井さんなんかに渡さない。兄さまが抱く怒りも、憎しみも、殺意も……全部おれのだ」
鳥井に向ける感情によって、離れ離れになるなんて冗談ではない。
鳥井に向ける感情によって、兄弟が引き離されるなんて苦痛で仕方がない。
鳥井に向ける感情によって、ふたりだけの世界が崩れるなんて、そんなの兄の夢が壊れるも同じ。
兄を奪われるなんて堪えられない。
なんのためにこの三日間、自分は苦痛に耐えたと思っているのだ。これでは我慢した意味がない。台無しだ。
そして自分自身も許せない。大好きな兄をここまで追い詰めてしまったのだから。
「おれは兄さまのものなのに」
ゆえに、兄から蹴りを入れられるのは当然のこと。もっと痛みを与えられても良いと思っているほどに!
ああ、だけど、だけど、兄から受ける痛みは他人から受ける痛みよりも、ずっとずっと甘く愛おしいものがある。
やっぱり兄は自分にとって絶対的存在なのだ。自分は兄でなければだめなのだ――下川那智はそう言って無邪気に笑い、笑うと、途方に暮れている兄の下に足を引きづりながら歩み寄った。
「兄さま。ごめんなさい、ひとりにして。怖い思いをさせて」
本当にごめんなさい。
下川那智は手錠が掛かった両手で兄の頭を抱きしめると、「いい子」と「怖かったね」の言葉で慰め、もう我慢しなくていいと言って、兄の気持ちに寄り添う。鳥井に向けている感情を自分にぶつけてほしい。
それは自分のものだから。兄が罪を背負う必要はどこにもないのだから。
そう言って、優しく頭を撫でていた。
するとどうだ。
呆けていた下川治樹が静かに両膝を折り、弟の肩口に顔を埋めて、小さな体躯を掻き抱いた。
ミシミシと骨の軋む音が周囲に響いたが、下川那智は無抵抗のまま、兄の頭を撫で続ける。
「……どれだけ俺が心配したと思ってんだ。お前がいなくなったって聞いて、俺がどれだけっ」
「うん」
「勝手にいなくなるなよ」
「うん」
「消えるなよ」
「うん」
「どこにも行くなよ。俺にはお前しかいねえのに。昔もいまもこれからも、お前しかいねえのに」
「ごめんね。兄さまっ、ひとりにして本当にごめんなさい」
「許さねえ」
「ごめんなさい」
「いやだ。絶対に許してやんねぇ。ぜったいにゆるさねえ。殺してやる。テメェなんて大嫌いだ」