ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
下川那智は下川治樹が抱く感情の一切を受け止めていた。
許さないと言われても、殺してやると言われても、大嫌いだと言われても、傷付くことなく相づちを打っている。
この騒動は下川那智の責任ではない。
下川治樹だってそれは分かっている。
それでも誰かに黒ずんだ感情をぶつけないと下川治樹は元通りの自分を取り戻せない。
下川那智もそれを分かっているから、兄の心を慰めるため、気を落ち着かせるため、下川治樹の感情にいつまでも耳を傾ける。
本来、鳥井に向けるべき、その怒りや憎しみすら自分のものだと言わんばかりに。
(坊主はああやって、いつも兄ちゃんの感情を制御しているんだな)
益田は下川兄弟の生き抜いてきた環境を想像する。
下川治樹は下川那智と違い、頼れる大人がいない中、たったひとりで弟を守り、今日まで生き抜いてきた。
それは非常に立派なことであるが、一方で精神的な負担も大きい。守られていた弟はいつも、苦悩する兄を見守っていたに違いない。
だからこそ、甘んじて兄の感情を受けているのだ。
少しでも兄を支えられるように、と弟なりに考えた末の答えなのだろう。
そうやってふたりは生きてきたのだ。
下川兄弟はふたりだけで、誰の愛情も受けずに生きてきたのだ。
これをうつくしい兄弟愛と称賛するべきなのだろうか。それとも哀れむべきなのだろうか。否、きっと益田に哀れむ資格なんぞ無いのだろう。可哀想だなんて、それこそ下川兄弟に失礼な感情だろうから。
「益田警部」
勝呂に声を掛けられた益田は、「手配だけしておけ」と命じ、もう少しだけそっとしておいてやれと下川兄弟を流し目にする。
「兄ちゃんの強さは化け物染みていたが、その強さを生み出したのは理不尽な大人の暴力。悲しい強さだと思わねえか、勝呂」