ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
益田は少年を励ます意味を込めて、先ほど拾ったボールペンを下川那智に差し出す。
「坊主。これ拾っておいたぞ。大切に使ってくれているんだな」
毛布のすき間から顔を出した下川那智は、益田の持つボールペンを見るや、少しだけ頬を緩ませると嬉しそうにボールペンを受け取った。
そして何度も口を動かし、振り絞るような声で益田に気持ちを伝えてくる。
「あ……りぃ……と」
「いいってことよ。おいちゃんも贈った甲斐があるよ」
初めて下川那智と言葉で会話することができた益田は、少年に微笑み、勝呂に車を出すように指示する。
その際、下川治樹が車のドアを閉める益田に言葉を投げた。
「益田。俺は手前のやったことに悔いるつもりはねえ」
「兄ちゃん……」
「何度だって言う。二度とやられる側に回るつもりはない。やられる側は損するばかりだ」
今回は負傷している弟を優先して身を引くが、自分は鳥井という男を許すつもりも、諦めるつもりない。
弟がどのように気持ちを慰めてくれても、やはりこみ上げる殺意は留まるところを知らない。
「やられた分、やり返す。それを咎められる筋合いはねえよ益田」
そのような言葉を益田に残して車は走り去っていく。
ザアザアと降り注ぐ雨粒を全身に浴びながら、益田は苦々しく吐息をつき、軽く頭部を掻いた。
「警察なんざ肩書きばっかりで、被害者を救えないことが多い職だよ。偉そうなことを言っても、兄ちゃんの心に何も響かせることはできねえんだから」
その夜、三日間に及ぶ下川那智の誘拐事件は幕を閉じた。
鉄工場廃墟で起こった騒動により、誘拐犯を含めた負傷者は20名。死者は2名となった。
内、下川治樹が負傷させた数は7名にのぼり、全員が顔面や手足、歯を折るなどの重傷となった。とうの本人は殴打による痣ができた程度の軽傷で済んでいる。
また誘拐犯の主犯であり下川那智の通り魔事件とも深く関わっている鳥井と呼ばれた男と、梟と呼ばれた男は下川治樹により、言葉が交わせないほどの重傷を負ったものの、命に別条は無く、事情聴取は回復を待って行われることになった。
件の騒動は一部を伏せられたカタチで、報道陣の手によって世間の茶の間に伝えられ、多くの人々に関心を向けられた。
それこそ表に生きる人間にも、裏に生きる人間にも、下川兄弟への関心が向けられた。