ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
5.元通りの新たな生活と怪物-弟-
【5】
誘拐事件から早十日と数日余り。
今日付で入院生活の終わりを迎えたおれはスポーツバッグに着替えと勉強道具、日記を詰め込み、病院の休憩所でホットココアを飲んでいた。
(兄さま。まだかな)
ココアを飲み終わる頃、担当医と話し終わった兄さまが休憩所に顔を出す。
担当医や看護師さんもいっしょだったから、おれはお世話になりましたの意味を込めて担当医達に頭を下げて挨拶。
おれを診てくれた担当医は、「完治するまでちゃんと病院に通うんだよ」と、やさしく声を掛けて、退院祝いのメッセージカードを贈ってくれた。
おれはもう一度、頭を下げて感謝を態度で示すと、兄さまといっしょに病院の駐車場へ向かう。
右手に握る松葉杖を使いながら不器用に歩くおれの歩調に合わせて、兄さまはゆっくりと歩いてくれた。
だけど、あまりにも動きがぎこちないせいか、心配性な兄さまはおれのスポーツバッグを取り上げると自分の肩に掛けた。
「兄さま、ありがとう」
「せっかく退院したのに、転んで骨折されたら堪らねえからな」
冗談を交えながら返事する兄さまは、すこぶる上機嫌だった。
おれは一笑をこぼすと、少しでも早く元通りの体を取り戻すべく、松葉杖をついて自分の足で歩いた。兄さまは始終、おれの歩調に合わせてくれた。
病院の駐車場に辿り着くと、勝呂刑事がおれ達を待っていた。
こっちだと手招きする勝呂刑事に誘導されるがまま、おれと兄さまは覆面パトカーの後部席に乗り込む。
その際、兄さまはおれの手を握ってくれた。車に少しだけ苦手意識を抱いてしまったおれを思っての行為だった。
松葉杖を足元に置き、忘れ物はないかスポーツバッグの中身を再チェックしていると、兄さまと勝呂刑事が会話を始める。
「下川のお兄さん。アパートに寄る必要は?」
「必要最低限の荷物は運んだ。今のところ、アパートに用事はねえ」
「解約はまだしていないと聞いています」
「ああ。後日、残りの荷物を運ぶ予定だからな」
「分かりました。警察署に寄った後、お二人を新居にお送りしますね」
ゆっくりと車が動き出す。
淡々と交わす二人の短い会話を耳にしながら車窓の向こうを見つめる。
あっという間に小さくなる病院にどことなく名残惜しい気持ちを抱えつつ、おれはいつまでも流れる景色を眺めた。今日から新しい生活が始まる。それに大きな期待と、小さな不安を抱きながら。