ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
しかめっ面を作るおれは、「どうして他人同士で触れ合えるんでしょうね」と兄さまに疑問を投げかける。
「他人から触れられたあの時、全身にナメクジが這うような感触がしました。そこに嬉しいも悦びもない。ただ不快感があるだけ」
なのに鳥井さんは、他人と触れ合うのが当たり前だと言った。
そして兄さまとしか触れられないおれは異常だと言った。
気持ち悪い世界が正しいのなら、おれは異常でいい。兄弟で触る世界が異常なら、それはそれでいい。
そう思っているのに、体は反応してしまった。それがまた気持ち悪い。他人と触れ合うことに不快感を抱いているのに。
思いと体が反比例した結果、兄さまに触れることを躊躇してしまった。
他人の手で感じてしまったおれって、ウンコがついている状態だと思うんだよ。ううん、感じたおれ自身がウンコなのかもしれない。ばっちい。
いたく真面目に胸の内を語ると、兄さまからもらった返事は「ばかだな」。
「那智。もしも兄さまが、那智と同じ目に遭ったら、兄さまのことを汚いと思うか?」
「ううん、思わないです。ただ相手を殺したくなります」
「じゃあ、兄さまが自分を汚いと言ったら、お前はどう思う?」
「……悲しくなります。兄さまは汚くないのにって」
あ。
「それが分かってりゃ十分だ」
おれに微笑み、そういうことだと兄さまは腕の力を強めた。
「お前が反応しちまったのは、他人から暴力を振られた理論と一緒。殴られたら体に痛みを感じる。それと同じだ。何も悪くねえ。那智は自分が許せねえんだな」
「……そうかもしれません」
「だったら、俺が許す。お前が許せないならその分、兄さまが許す。何度だって言うさ。お前は悪くねえ」
だからもう自分を蔑むのはやめて、兄だけを見てほしい、と兄さま。
クダラナイ他人の行いのせいで弟が後ろめたい気持ちを抱いている。それこそ兄に触れることに躊躇いを抱いている。ああ、そんな現実、ゼッタイ堪えられない。許せない。狂ってしまう。
そう吐き捨て、けれど無邪気に笑って、兄さまは「要らないんだよ」と謳った。
「他人が寄り添い合う、愛し合う、いがみ合う世界なんざ俺達には必要ねえ。必要ないから、お前は鳥井に対して不快感を抱いたんだ。吐いちまったんだ。他人同士で触れる世界に理解ができないんだ。それでいい、お前はそれでいいんだよ那智」
いい子だと褒めてくれる兄さまは、今日から始まる新しい生活を心の底から喜んだ。
「やっとふたりっきりだ。誰にも邪魔されねえ。他人もいねえ。前と同じ生活が戻って来た」
入院中は個室であろうと、医師や看護師の存在があった。誰かしらの存在があった。本当の意味で二人きりになれなかった。つらかった。とてもつらかった。他人と過ごす世界は精神的に疲れるばかりだ。
だけど今晩から兄弟ふたりっきり。誰にも邪魔されない世界がこの部屋にはある。本当に嬉しくてたまらない。
ああ、もっともっと努力して、この生活を完全なものにしなければ。
身の回りのことを片したら、兄さまがふたりだけの完璧な世界をつくってやるから、待っててほしい――そう言って子どものようにはしゃぐ兄さまは、「退院おめでとう」と「渡さない」の言葉を口ずさむ。