ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
「しばらくはシャワーにします。も、お風呂なんて嫌いですっ。なんで日本の文化にお風呂なんてものがあるんですか」
「ばーか、自業自得だろうよ」
「兄さまは追い撃ちかけてくるし!」
「素直に俺を頼れば慰めてやったよ」
へらへらと笑う兄さまは、どうせしばらくは介助が必要になる、と言ってくる。
お風呂はもちろんのこと、立ち上がりや部屋の移動、着替えに介助が要するだろうと兄さまは判断していたらしい。
松葉杖を使わないと立ち上がりは困難。
ソファーや椅子ならまだしも、床にじかで座ってしまったら最後、自力で立ち上がるは難しい。壁伝いでの移動なら何とかなるけれど、移動先にいつも壁があるとは限らない。
兄さまはそういった行動の先々で介助が必要だと考えていたそうな。それこそ、おれよりもずっと。
「……入院生活って、じつはすごく恵まれていたんですね」
入院中は介助をあまり考えずに過ごせていた。
バリアフリーがしっかりしていたおかげさまで、兄さまの手を借りずに済むことが多かった。さすがに車いす生活は手を借りていたけど、松葉杖生活はうんと手を借りずに済むと思ったのに。
ヤダな。ひとりじゃ何もできないみたいで。せっかく退院したのに。また兄さまの負担になる。
「お前は余計なことを考えず、兄貴に頼ればいいんだよ」
ソファーの上で沈むおれとは対照的に、兄さまはさも当たり前のように頼れと命令してくる。
それじゃあ兄さまの負担になるだろうに、とうの本人はソファーの下に座ると、それを背もたれにしながらおれを見上げてくる。
「いつだってそうやって生きてきただろう。俺はお前の世話を焼くのは当然だと思ってるんだが?」
「もう14ですよ。いつまでも手を焼かせるのもどうかと思うんですけど」
「お前の世話を焼くのは昔からやってることだ。俺の楽しみを取るんじゃねえよ」
頼られることは求められるも一緒。
自分にとって何よりの愉悦だ、と兄さまはあけっぴろげに胸の内を明かす。
弟に頼られれば頼られるだけ。求められれば求められるだけ、愉悦感で満たされる。ゆえに頼られなくなると、おあずけをされている気分だと兄さま。
ジャケットから煙草の箱を取り出して、一本を口に銜えた。
最近の兄さまはよく喫煙している。少し前までお金が掛かるから、という理由で吸う数を限定していたのに。
「気持ち悪くないか?」
百円ライターで煙草の先端を焙った後、兄さまが優しく疑問を投げてくる。
触れ合った行為を聞いているのだと気づいたおれは、大丈夫の意味を込めて何度も首を縦に振った。兄さま相手に「気持ち悪い」も「怖い」もなかった。意地悪されたことに思うことはあるし、行為自体は恥ずかしかったけど、それだけに留まる。
なにより、他人では得られない多幸感を抱いた。それはきっとおれが兄さまを受け入れている証拠だと思う。
その旨を伝えると、兄さまは安心したように目じりを和らげ、「ならいい」と言って頭をくしゃくしゃに撫でた。
「兄さまは良かったんですか? こういうのって一方的じゃだめだと思うんです」
兄さまが望むのなら、おれはいっぱい触るつもり。
上手くできるかどうか分からないけど、「お互いに」ってところがミソだと思う。「一方的」なんて申し訳ないじゃんか。
美味しいものを半分こするように、おれは兄さまにも同じ気持ちになってほしい。おれはすごくしあわせだったよ。軽く死にたい、と思ったのは内緒だけど。