ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
すると、兄さまはおれの右頬を触りながら「どこが一方的だった?」
「俺はお前に求められた。お前は俺を求めた。ちっとも一方的じゃねえよ。むしろ、中坊相手に少し意地悪し過ぎたと反省していたんだが」
「……自覚はあったんですね」
「故意的にやったんだ。そりゃ自覚はあるさ。言ったろ? 俺はお前に求められると愉悦するって。一種の性癖なんだよ」
求められるために、それ相応の行動を起こした、と兄さまは笑みを深める。
そのせいでおれは死にたくなるような思いをしたんだけど、兄さまにとってそれが快感らしい。求められた分、相手を支配できる。自分だけを想わせることができる。それが愉しい。嬉しい。しあわせだと謳った。
びっくりするくらい今日の兄さまは素直だ。
こういうことは弟のおれにあまり話してくれないのに。
「引いたか?」
目を丸くするおれに鋭い言葉が投げられる。
おれは正直に「ちょっと驚いています」と返事すると、初めて兄さまの大人で欲深い本音を聞いた気がする、と言って微笑む。
今まで弟が欲しいと言われることはあった。他人を信じてはいけない、信用するな、兄さまの傍にいろと言われることはあった。
けれど愉悦だとか、性癖だとか、快感だとか、そういった欲深い本音はいつもはぐらかしていた節があった。
それはきっとおれが子どもだから――兄さまはおれを思って、遠慮してくれていたんだと思う。言い換えれば我慢してくれていたんだろうね。それは嬉しくもあり、ちょっとだけさみしくもあり、申し訳ない気持ちもある。
兄さまいつも自分の時間を犠牲にして、弟のことばかりだから。
もっと自分自身を大切にしてほしいと兄さまに想いを寄せているのに、右も左も分からない世間知らずの弟は結局兄に何もできない。それがとても歯がゆい。
そんな兄さまがおれに向かって、我慢をやめたというのなら、あけっぴろげに気持ちを伝えてくれているのなら。
「兄さま。おれの性癖はね、きっと兄さまが喜んでくれることなんだと思います」
我慢してばかりの兄さまに好きなことをしてほしい。
性癖だろうとなんだろうと構わない。兄さまが喜ぶならおれも嬉しい。もっと兄さまの気持ちを聞きたい、知りたい、弟に構わず自由にしてほしい。
熱を入れて一生懸命に訴えると、兄さまがひとつ笑って、銜えている煙草を指で挟んだ。
「お前は本当に俺のことばっかりだな。いまのはドン引くところだぜ? 兄貴の性癖を聞かされたんだから」
「しょうがないじゃないですか。兄さまの喜ぶことが、おれの性癖なんだから。兄さまが喜ぶとおれも嬉しい」
「そっか」
「そうです」
うそ偽りない気持ちは兄さまに伝わったようだ。
空いている手で、おれの髪をくしゃくしゃに撫ぜてくる。
「なあ那智。もし俺がセックスしたいって言ったら、どうする?」
兄さまが煙草を銜えなおす。
前々から日記に綴っていた“いつか来るかもしれない未来”について言葉を投げられ、おれは即答した。
「いいよって言います」
「悩まないんだな」
「お相手が兄さまですからね。兄さまはどうなの?」
「んー、お前から求められて拒む理由はねえな。中坊相手にちと気が引けるが」
「遠慮せずおれに任せてください。おれ、がんばって兄さまを抱きますから」
「まじかよ。お前、俺を抱くつもりでいたのか?」
「兄さまより大きくなる予定ですからね。だから五年待ってください。その間に勉強してきます」
「ぷはは、五年か。なげえな」
「仕方がないじゃないですか。おれの成長はカメさんくらい遅いんです」
「五年で兄さまよりデカくなれたらいいな。いま150cmだっけ?」
「ひゃ、151cmですけど……兄さまは」
「くくっ。179cm」
「い、一年に5cm伸びたら追いつけるはずです」
「五年で25cm伸びたと仮定して、五年後は176cm。おっと?」
「一年に5cm以上伸びるかもしれないじゃないですか! 待ってて下さいよ! 兄さまをチビだって言ってやりますからね!」
ムキになって大きくなると言い張るおれだけど、抱く抱かれるは正直どっちでもいい、というのが本音。
兄さまが選びたい方を選んでほしい。
抱こうが抱かれようがセックスしようが何しようが、この関係性は変わることはない。
何をしても結局、自分達は兄弟以上にも以下にもなれないんだと思う。触れ合った直後のいまみたいに。