ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】


(事件を通して、少しずつ那智の成長を感じる)

 やさしい那智はいつだって俺を最優先にしてくれる。
 俺が「弟が欲しい」と言えば、那智は自分自身をくれた。
 常に俺のために何かしようとする節が見え隠れしている。チェーンに繋いでも、当たり前のように受け入れてくれた。

 その一方、外の世界を通して、那智は成長を始めた。

 例えば、俺が親父に襲われた時、那智は強くなりたいと、泣き虫毛虫はやめると決意した。
 例えば、鳥井に攫われた際、殴られても犯されても、俺の下へ帰ろうと死に物狂いで走った。
 例えば、いまだって他人と会話できず、筆談コミュニケーションを取っている自分を変えようと努力し始めている。声を出せていれば、誘拐事件も未遂に終わっていたんだ。那智が自分自身を変えたい気持ちは分からんでもない。が、それと俺の気持ちは別問題。

 兄貴がいねえと頼りなかった弟が、ここまで成長したことに、正直大きな不安が胸を占めている。

(成長してもいい。頼られる男になってもいい……そう思っていたが、やっぱり変わってほしくねえ。那智には無知な泣き虫毛虫のままでいてほしい)

 本心から切に願っている、那智に変わってほしくない、と。
 これからも他人に対しては筆談コミュニケーションでいいと思っているし、俺だけに喋りかけてくれたらそれでいいと願っている。外の世界を知らなくたっていい。泣き虫毛虫の弟のままでいてほしい。
 大人や他人に怯えながら、怖じながら、泣きながら兄貴に頼って俺だけを見ていればいい。

 分かっている、那智の成長を妨げている一番の壁は俺だ。

 簡単に泣き虫毛虫が卒業できねえのも、他人に怯えてしまうのも、他人に対して上手く声が出ないのも、俺が過剰なまでに那智を守っているせいだ。
 俺が徹底して見守る側に回れば那智はいまよりずっと大きく成長する。
 きっとぶち当たっている壁も乗り越えられる。分かっているよ。全部分かっている――それでも。

(乗り越えさせるつもりはねえ。何を犠牲にしても、那智だけは譲れねえ)

 この十数年余り、那智を守ってきたのは俺なんだ。
 周りがなんと言うと、それこそ那智が嫌がろうと、俺は那智にそのままでいてほしいがゆえに行動を起こすだろう。
 そしてより兄貴に依存してもらうために、あれやこれや手を考えるだろう。

 例えば、鳥井が起こした行動は腸が煮えくり返るほどのものだったが、結果的に那智は知る。

 他人同士で触れ合う世界がどれほど不快感なものなのかを。
 そして兄貴と触れ合う世界がどれほどの悦びあるものなのかを。

 俺達の起こしている行動は間違いだ。
 それでも那智は不快より、悦びを選択し、触れてくる兄に「怖くない」と「気持ち悪くない」と笑った。俺だけを見て、俺だけに縋って、なきながら俺に懇願してきた。兄貴だけを見ていた。

 この世界を知った那智はもう他人と触れ合うことはできない。俺としかもう触れ合えない。それでいいんだ、それで。

「にぃ」

 小さな寝言が聞こえた。
 那智に視線を戻すと、しあわせそうに兄貴の手を握る弟の顔がそこにはあった。
 
「昔から変わらないな。その寝顔」

 願わくは、これからもあどけない顔を兄さまだけに見せてほしい。
 そっとGPS入りのチョーカーを指でなぞる。これを付けている限り、那智の行動範囲はアプリである程度把握できる。仮に盗られても大丈夫。ちゃんと追跡できる。三日も離れ離れになることはもうないはずだ。

 俺は那智の頭に唇を落とし、そっと那智から右手を抜くと、ベッドから下りる。
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