ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
教材が敷き詰められている段ボールに足が当たった。
俺の大学教材の下には、寝かせるかたちで那智の教材を敷き詰めている。
不自然な敷き詰め方だったが、中身を見た那智はあまり疑問を抱かなかったようだ。良かったと思っている。
これを退ければチェーンやDカン、ミニクリップ、ペット用のリード、金づちや釘、通販で買った手錠等などが入ったA4の茶封筒が隠されているのだから。
我ながら冷静に見て思う。弟に対しての執着がやばいな、と。
(那智が俺を受け入れてくれて良かった。最悪、足の骨を折ることも考えていたから)
これはうそのようでホントの気持ち。
那智に拒絶されたら、迷わず足の骨を折って、物理的に逃げ道を塞ぐ計画を立てていた。
そんなことをすればもっと那智を怖がらせると分かっていても、考えずにはいられなかった。
壁に立てかけている松葉杖に目を向けると、それをクローゼットに仕舞う。
俺が部屋にいる間、松葉杖は極力弟の手に渡さないつもりだ。これがあるだけでも俺を頼る頻度が減っちまう。それが気に喰わなくて仕方がない。
リビングのソファーに腰掛けると、テーブルに放置された那智の日記を開く。
誘拐後も那智はこまめに日記を書いている。
それこそ誘拐された三日間のことも、憶えている限りのことを記している。
那智なりに情報を残しておきたい気持ちがあったんだろう。
どうやって誘拐されたのか、その日は何をされたのか、何を食べたのか、その時の心情が丁寧につづられていた。
俺は誘拐事件一日目のページを開き、文章を指でなぞる。
【ゆうかいされた時、とりいさんに、いっぱいスタンガンを当てられた。熱くてなみだが出た。それでも、ガンバッテていこうした。兄さまとは、なればなれになるのが怖かった。だけど、チカラまけしちゃった】
次の文章を指でなぞる。
【夕ごはんはメロンパンだった。大好きなメロンパンだったけど味がしなかった。兄さまとはんぶんこした方がおいしい】
さらに次の文章を指でなぞる。
【とりいさんは教えてくれた。兄さまはいろんな人に恨みや好いを買っているって。おまえは兄さまが唯一心を許している弟だから狙われたんだぞって。そして、おれはおれで兄さまにべったりだから、シットされているんだぞ。自立しろって思われているんだぞって……いいじゃんか、おれにとって兄さまは“おれだけ”の兄さまなんだから。誰だろう、おれをシットしている人。兄さまのことが好きなのかな?】
自立ね。
頬杖をつき、日記の文面を睨む。
俺に好意を抱き、弟に対して『自立』を願う人間なんざ、思い当たる限りひとりしかいねえ。
脳裏にいつぞか、吐き捨てられた気持ち悪い言葉を思い出す。
『弟くんのことは私がちゃんと自立させてあげる。私は下川くんを自由にする』
高村彩加。
お前が噛んでいるのか、くだんの誘拐に。
可能性はゼロじゃねえ。
あいつは親父を介して、ニセモノの俺とイチャコラメッセージのやり取りをしていたらしいからな。俺を支えるヒロインみたいな振る舞いをしていやがったし。ああ、気色悪い。