ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
俺は那智の日記を閉じると、ソファーに寝転がってしばらくの間、ストーカー事件を思い返す。
カモミールが欲しいから始まったストーカー事件。那智が追い駆け回された日、俺は何をしていたっけ。どんなことが遭ったっけ。
あの日は確か、いつものように那智が図書館で勉強をしていいかと聞いてきた。俺は大学に行って、うざってぇ優一に絡まれて、早川が話に入って来て。それから高村彩加のことで、福島が俺に喧嘩を吹っ掛けてきて。それから、それから。
(…………)
短くなった煙草を指に挟み、俺はそれを握りつぶした。
「やっぱ他人は信用できねえな。どいつもこいつも気持ちが悪い」
その日は朝日が昇るまで一睡もすることができなかった。
それこそ那智が起きて俺を呼ぶまで、ただひたすらソファーのうえで寝転がったまま、無感情のまま物思いに耽っていた。
那智の声で感情を取り戻すと、俺はさっさと身を起こして拘束している弟の下へ。
頭がすごく重たいと唸る那智は薬の効果が切れても、自分の状況を、そして俺の行動を咎めずに寝ぼけ眼でへらりと笑う。
「おはよう兄さま。お腹減りましたね。朝ご飯になりそうなもの、何かあります?」
他愛もない話を振ってくる那智は兄貴を慕ってやまない、いつもの那智だった。
それがただただうれしくて、俺はベッドに座り、那智の髪をくしゃくしゃに撫でる。
「おはよう那智。飯になりそうなものは何も買ってねえから、いっしょに買いに行こう。いま外してやる」
「おにぎりが食べたいなぁ。おかかとか、ツナマヨとか」
「じゃあ、コンビニに行こうぜ。俺も珈琲が飲みてぇ。寝にくくなかったか?」
「最初は気になりましたけど、寝てしまえば全然気にならなかったです」
南京錠の鍵を外す間も、那智は俺とありふれた世間話を交わしてくれる。
「兄さま。おれ、外に出ても大丈夫でしょうか? 病院では報道陣がうろついていましたけど」
「歩いて五分先のコンビニだから大丈夫とは思うんだが……キャップはかぶっていくか」
「報道陣がいないなら、少しだけお散歩したいなぁ」
「三日くれぇ様子見て、大丈夫そうなら周辺を歩いてみようぜ」
「兄さまとどこかに出掛けたいなぁ」
「落ち着いたら、旅行に行こう。いっしょに計画しよう」
「ほんと!? 約束ですよ兄さま」
「ああ、約束だ」
拘束しても、拘束されても、俺達の交わす言葉は何一つ変わらない。
これが俺達の新しい日常になる。