ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】

 素晴らしい言い分を最後まで聞いた柴木は、開いたファイルから一文を読み上げる。

「下川芙美子は水面下で、貴方の昇進を手伝っていたらしいですね。貴方が地位と名誉を手に入れるよう、周りの好敵手(ライバル)を蹴落すハニートラップを仕掛け回っていたそうで」

 仁田道雄に益田は思わず、呆れ顔を浮かべてしまう。
 ずいぶんと被害者ぶっているが、べつの側面から見ると仁田道雄と下川芙美子は持ちつ持たれつの関係だったのだ。お互いに美味い汁を吸い合っていたくせに、被害者ぶるとはこれ如何に。
 柴木の言葉に、仁田道雄の言い分は「過去の話だ」

 そんなことより、福島朱美と下川治樹を引き離せ。それがいま一番大事なことだ、と声を張る。

「治樹の凶暴性は手に負えない。あれは自分の理想のためなら、他人を完膚なきまでに叩きのめす。他人を利用し、支配し、他人を痛めつけることに快感を覚えている。よりにもよって朱美が治樹と一緒にいるなんて……治樹は頭の回転が速い。私の娘だと知ったらどんな目に遭わせるか」

 あれを大人しくさせるには、次男の那智を利用するしかない。
 根っから弟に首ったけの長男なので、きっと次男に手を出せば、そちらに気が向くはず。娘のことなんぞ見向きもしないはずだと仁田道雄は言い放ち、警察に娘を助けてほしい、と懇願した。

 警察に縋りたくなるほど、下川治樹は凶暴で残忍な性格を持っている男なのだと益田達に告げた。

 ひと呼吸置き、益田は返事する。

「下川治樹のことはある程度、こちらでも把握している。虐待歴、高校時代の素行、弟に対する執着心。そして弟や己の身が危険に及んだ際の凶暴性と残忍性。なにより恐ろしいのは、痛みに対して恐怖がないことだ。他人を痛めつけることにも、痛めつけられることにも一切の躊躇いがない。並の人間じゃ見られねえ一面を下川治樹は持っている」

「そこまで分かっているなら」

「お前さんはひとつ勘違いしている。個々人の感情のみで福島朱美と下川治樹を引き離せるほど、警察はチカラを持っちゃねえ。警察がチカラを持つのは、いつだって事件性がありそうな場合だけだ」

 下川治樹が福島朱美に暴力を振るった。ストーキングした。事件性のある行いを起こしたのであれば、益田達は警察の肩書きを背負って動く。

 さりとて福島朱美と下川治樹は、単にお互いの距離を縮めているだけ。
 大学の友人として距離を縮めているのやもしれないし、異母兄弟と知って距離を縮めているのやもしれない。それこそ買い物をしていただけで、事件性を微塵も感じさせない。

 それゆえ益田達は動くことができないのだ。事件性があると明確な根拠がなければ。

 失望と落胆の色を見せる仁田道雄に、益田は言葉を重ねる。

「お前さんが下川治樹を警戒しているのは理解した。だがな、下川治樹の一面は凶暴性や残忍性だけじゃねえ。手前なりに弟を守りながら努力して大学に進学し、片手間にバイトをしながら弟の面倒を看ていた。見向きもしてくれねぇ大人の代わりに、手前が大人になってやるべきことをやっていた。立派なもんだよ」

 下川治樹は下川那智を守り支えながら、こんにちまでを生きてきた。
 彼が抱く感情なんぞ益田には分かりかねるが、仮に福島朱美を利用しようとしているのであれば、それも仕様がない話ではないだろうか。

 なぜなら、福島朱美は仁田道雄から愛情を受けて育った子ども。
 下川治樹が恨んでいても仕方がない話。
 愛情を受けずに育った下川治樹からしてみれば、羨ましいに決まっている。妬ましいに決まっている。憎いに決まっている。自分は見向きもされずに生きてきたのに、同じ血を分けた福島朱美はどうして愛されているのか、と。

 無論、事件に繋がりそうならば益田達は動く。が、どこまで介入できるかの“程度”は知っておいてもらいたいもの。

「お前達は本当の治樹をまだ知らないんだ。あいつはどこまでも凶暴だ。ただ相手を痛めつけるだけに留まらない。あいつは、絶対的な恐怖を植え付けてくる。肉体的にも精神的にも。なにより執着心の強い男だ。相手を徹底的にシメるまで、手を緩めない……異常なほど執着してくる」

 その執着心は弟に対しても表れている。

 他人が弟に触れようとした瞬間、射殺す目を向けてくる。

 弟に言い聞かせる言葉は、いつだって兄に支配されるものばかり。
 自分が優位に立つことを喜んでいる。支配することを悦んでいる。仁田道雄はその姿を目にしている。
 あの姿は背筋が凍りそうだった。愛情を注ぐ弟に対しても、平然とやってのけるのだからあれは化け物だ、と吐き捨てた。
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