ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】

 問題は下川兄弟が巻き込まれる事件が複雑化していることだ。
 益田はカップに入った珈琲をデスクに置くと、ぞんざいに放置しているファイルを掴む。

(フクロウ)が吐いた情報は、通り魔と誘拐のみ。ストーカーについては一切言及されてねえ」
(カラス)と呼ばれた男が単独で動いた可能性はあるのでは?」
「さあてね。それは(カラス)に聞いてみねえと分からないが、坊主のストーカーは最初から妙だと思っていたんだ」

 下川那智に性的好意を抱いて、追い駆け回した経緯がある一方、執拗に写真とカモミールを送り続けたストーカー犯。
 大胆不敵と慎重さを兼ね備えているように見えて、ストーカー犯の行動はかみ合っていない。

 下川那智を犯したいなら慎重になるべきだ。
 なぜ白昼堂々下川那智を追い駆け回したのか。通行人に助けを求める可能性があるのに。
 なぜ夜に下川那智を追い駆け回さなかったのか。その方が人目につきにくいというのに。

 なにより。
 下川那智を追い駆け回した犯人は、なぜ追い駆け回したその日にカモミールと写真を送りつけたのか。そのようなことをすれば同居している下川治樹が警戒するのは事理明白。
 弟がストーカーされたとなれば、当然兄は弟のために動く。事実、警察嫌いにもかかわらず、下川治樹はストーカー被害の相談をするため、何度も警察署に足を運んでいる。

 益田は下川那智のストーカー事件を、常々好意ではなく、悪意からくるものだと推測していた。
 それは下川治樹も同じことを考えており、ストーカー犯のちぐはぐな行動に疑問を呈していた。

「追い駆け回した足で、カモミールと写真を送りつける。なかなかできねえことだ。いつ下川兄弟が帰宅するかも分からないし、そもそもカモミールと大量の写真を持って下川那智を追い駆け回すとなると、それ相応に荷物になるはずだ」

「追い駆け回した後に取りに帰った、と考えるのが筋ですが、それはリスクを高める行為です」

「ああ。家に帰宅する下川兄弟と鉢合わせする可能性が高ぇ。仮にあいつらが家に帰宅した頃合いを見計らって、カモミールと写真を置こうにも、下川治樹が大きな壁になる。兄ちゃんは頭の回転が速いからな。何らかの対策を講じていただろう」

 下川那智を追い駆け回した後、家にカモミールと大量の写真を取りに戻って、下川兄弟の家へ向かったとは考えにくいのだ。
 であれば、自然と出てくる答えは。

「ストーカーは複数人で動いていたか、もしくは別々にストーカーがいたかの二択だ」
「仁田道雄の依頼とは別に、下川兄弟を標的に動いていた輩がいたということですね」
「頭痛ぇぜ。どんだけ面倒な事件に巻き込まれているんだよ。あいつら」

 二人の会話は部下の勝呂 芳也(すぐろ よしや)によって中断する。
 大層、血相を変えている勝呂は大きな紙袋を持って駆け寄ってきた。嫌な予感がした。

「益田警部。警察署にこんなものが。中身は大量の写真と、カモミールです」

 急いで白手袋をはめた柴木が紙袋の中身を手に取る。
 カモミールが植えられたプランターと、大量の写真が出てきた。写真の中身を目にした柴木は眉を顰め、益田の前にそれを差し出す。

 写真の対象はバジルを手入れしている下川那智。
 写っている建物は引っ越し先のアパート。
 それだけでも頭が痛いというのに写真には、手すり格子のすき間から見える下川那智の足にチェーンを括られている。写真を数枚見ると、それらが拡大されているものがあった。
 とはいえ、大量の写真のほとんどが下川那智がベランダでバジルを手入れしているもの。チェーンを拡大している写真はあるとはいえ、目新しい写真は他になさそうだった。

 益田は数枚の写真を見比べると、冷静に状況の俯瞰を始めた。

「勝呂。兄ちゃんから、ストーカーがあっただの、贈り物があっただの相談はあったか?」
「今のところはありません」
「巡回はしているんだよな」
「はい。昨日も巡回をしましたが、問題はありませんでした。部屋を尋ねると、お兄さんが対応してくれて」
「兄ちゃんと会話したのは玄関先か?」
「そうです」
「坊主は顔を出したか?」
「……いえ、那智くんはリビングにいたようで、声だけ聞こえましたが。玄関まで来ることはありませんでした」

「なるほどな。さあて、どうしたものか」

 益田は苦々しく写真を見やった後、飲みかけの珈琲をすべて胃に流し込んで立ち上がる。

「柴木。勝呂。今から兄ちゃんの下に行くが、ぜってぇに兄ちゃんの行動を頭から否定するな。いいな、兄ちゃんがどんな行動を取っても、まずは様子を窺え」

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