ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
顔を引きつらせる下川治樹とは対照的に、下川那智は目を真ん丸にした。
大好きな兄の役に立つことが嬉しいようで、下川治樹をじっと見つめた。目が訴えている。ついて行きたい。兄の役に立てるなら、絶対に一緒に行きたい。たまには頼ってほしい。ねえ兄さま、ねえねえ! ……という目をしている。
益田が気づくのだから、下川治樹が気づかないわけがない。彼はこめかみをさすっていた。
「あーくそ。お前はいつもいつも、那智を味方につけやがって」
「大人はずりぃ生き物だ。覚えておきな。坊主、現場検証が終わったら、お礼に焼肉を奢ってやるからな」
「はあ? お前何言って」
「他人の金で食う焼肉は美味い。それをお前さん兄弟に教えてやる。どうせ焼肉屋に行ったことねえんだろ? ラーメン屋も行ったことなかったもんな。兄ちゃん」
盛大にからかってやると、下川治樹が舌打ちを鳴らした。
そして「待ってろ」と捨て台詞を吐き、弟の待つリビングへ。
「那智。チェーン外すからこっち来い」「やった、兄さまとお出かけできる!」「ったく、あんな目ぇされたら留守番なんてさせられねぇだろ」「兄さま。他人の金で食う焼肉って美味しいんですか?」「わかんね。食ったことねえから」「美味しいと良いですね!」「……那智、お前正直に言え。本当は焼肉を食いてえだけだろそうだろ?」
聞こえてくる会話に微笑ましい気持ちを抱く。
彼らは本当に外の世界を知らないガキだな、と思う。
ちょいちょい異常性は見え隠れしているが、根っこは無知なガキ。それが益田の下川兄弟にする見解だ。しかと年齢相応に接してやれば、異常性は薄れると思った。
事実、下川治樹が異常性を見せつけても、益田が受け流す程度に留めれば、それで終わった。
周りに異常だと言われ続けた下川治樹にとって、それは拍子抜けする返事。距離を置かれる想定で言ったのに、受け流されてしまえば打つ手が無くなる。
自分達のやり取りを見守る柴木や勝呂に、「兄ちゃんにはああいう対応でいい」と助言した。
「弟に執着している一面を見せたら、相づちを打って済ませろ。下手に反応すると、向こうの思うつぼだ。兄ちゃんは自分独自の世界観を壊されたくないがゆえに、外部との接触を拒む傾向がある。よほどのことじゃない限りは受け流せ」
「なるほど。下川治樹が益田警部を苦手とするわけですね」
柴木の指摘に益田は光栄だと笑い、兄弟の準備を待った。
その一方で部下二人に巡回の手配を頼んだ。兄弟が留守にする間、周辺の様子が気掛かりだった。
益田が兄弟に頼んだ現場検証は半分以上、彼らを外に出す口実であった。
通り魔の現場検証は頼めど、ストーカーの現場検証なんぞ、日が経っているのであまり意味がない。なにより兄弟は移住したのだ。ひとカケラくらいの情報は得られるやもしれないが、今さらそれに労力を割くのは時間の無駄だと益田は考えている。
それでも、益田は兄弟を元居たアパートに連れて行き、建前上の現場検証を行った。
一時間程度で終えると、覆面パトカーで焼肉屋に連れて行く。
柴木と勝呂は渋い顔をしていた。上にばれたら始末書どころじゃない、と言いたげな顔であった。
覆面パトカーを使用して、事件の被害者と焼肉屋に行くなんぞ、確かに上層部に知れたらまずいだろうが、それはそれ。どうにかなると思っている。
さて焼肉屋に連れられた下川兄弟といえば、興味津々にメニューを見ていた。
肉の名前がずらり羅列されているので、首を傾げている。部位がよく分かっていないようで、「ホルモンってなんです?」「動物の肉なのは分かるけど……」「ミノってなんだろう」「全部肉だろ肉」と、子どもらしい会話を繰り広げていた。
品が運ばれてくると、下川那智が目を輝かせて、氷の入ったどんぶりを手に持つ。
「兄さま。氷がきましたよ。これはお肉と一緒に焼くんですか?」
「氷ぃ? ンなもん、網に置いたら溶けるんじゃね?」
「じゃあどうして、氷があるんですか」
「……口直しとか」
「氷でお口直しするんですか?」
「……たぶん?」
火消し氷の存在を知らず、頓珍漢な会話を交わす兄弟に益田は思わず噴き出してしまった。
本当に外の世界を知らない子どもなのだ。この子達は。
知らないからこそ自分達だけの世界を作って、その中で懸命に生きようとしている。それも一つの道なのやも知れないが、益田は思う。
兄弟二人支え合って生きてきた彼らに、少しずつ外の世界を知ってほしい、と。