ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
(外の世界を知らないから、手前の価値観や視野を狭める。そうなればどうだ。周囲に馴染めなくなる。社会に溶け込めず、周りの人間に頼ることをやめてしまう。いまは良くても、いずれお前さんらは不幸になる)
それはあまりにもったいない、と益田は考える。
(兄ちゃんも然り、坊主も然り、仁田道雄よりまともだ。ずっとな)
兄弟同士で依存し合うのは仕方ないとしても、正しい道を示してやれば、正しい道を歩んでくれるのではないか。
お節介だろうが、益田はそのような思いを兄弟に対して抱いていた。
「坊主。美味いか?」
口いっぱいに肉を頬張る下川那智に声を掛けると、子どもは何度も頷いた。
ずいぶんと食欲旺盛で、すでに二人前の肉を食べている。育ち盛りだからなのかもしれない。勢いがちっとも止まらない。横目で見守る下川治樹は、弟の食べるペースに思うところがあるのか、「もう少しゆっくり食え」と言ってお冷を渡した。
すると下川那智がおかわり、と白飯の入っていた茶碗を兄に差し出す。
「まだ食うのかお前。これで三杯目だぞ」
「お肉だけじゃ物足りなくて。おれ、お米がもっと欲しいです」
「食い過ぎだっつーの。肉だって二人前は食ってるのに」
そういう下川治樹は三人前をぺろりと平らげている。
益田は重なる皿を横目で見やった。食べ放題にして良かった、と心底思うくらいには食べる量が多い。表立って美味いとは言わないが、おおよそ焼肉が気に入った様子。
部下たちといえば……あまり食が進んでいない。
兄弟の食べっぷりで腹がいっぱいになっているのやもしれない。
「肉を追加するから、米は控えとけ」
「じゃあハラミ。兄さま、ハラミが食べたい。あとカルビと牛タンと豚トロと」
「……待て待て待て。とりあえず三品にしとけ」
「えー」
「えーじゃねえ。野菜は何がいい?」
「お野菜は兄さまにあげまぁいひゃひゃ」
「那智クン。ちゃんと野菜も食べましょうね」
すっかり親子のやり取りである。
益田は二人の会話に笑ってしまった。
異常性はあれど、下川治樹はちゃんと保護者をしているようだ。
「那智くんはお肉が大好きなのね」
柴木が下川那智に話を振る。
兄に話を振らないのは、無視される可能性が大きいと踏んだからだろう。
下川那智は柴木の言葉に何度も頷く。肉以外の他に何が好きなのか、と益田が質問を重ねれば、下川那智は兄を見やって頬を緩めた。
「……にぃさまの……作った、チャーハン」
ベーコンがいっぱい入って大好きなのだと、下川那智はたどたどしく益田に返事した。
実家を出て初めて迎えた夕飯がチャーハンだったらしく、下川那智はその味が忘れられない、と語る。毎日食べても飽きないと語る子どもは、また食べたい、と兄にねだった。
あの味は兄にしか出せない。あれは世界で一番のチャーハンだと言ってはにかむ。
するとどうだ。
下川治樹が表情を崩して「那智は安上がりだな」と、照れ隠しのように言葉を返した。
その面持ちは年相応の顔、二十代の青年らしい顔つきであった。
兄が弟のため、デザートのソフトクリームを取りに行っている間も、益田は下川治樹のことを聞く。
弟から見た兄はどのような感じなのかと。
子どもは自慢げに語った。
強くて、優しくて、頭が良くて、努力している大好きな人。
もっともっとみんなに凄いと思ってもらいたいのに、肝心の兄がそれを全然表に出さない。勿体無いと思っている。兄の実力はたくさんの人に認められていいと思うのに。
下川那智はそのように語った。
「おれのために……いっぱぃ、いっぱぃ、我慢してる。兄さま……もっと、好きなことしてほしぃ」
また大きくなったら、兄のために沢山やってあげたいことがあると子どもは言った。
兄より大きくなって抱っこしたり。おんぶしたり。お金を稼いで兄の好きなものを買ってプレゼントしたり。旅行にだって連れていきたい。兄の喜ぶことなら何でもしたい、と下川那智は語った。
驚くほど兄中心の世界観だった。
それが子どもにとって、当たり前の世界なのだろう。
そこで益田はこっそりと、チェーンに繋がれていることについて尋ねた。
兄が戻ってくる前に、少々状況を聞いてみたかった。
子どもはキョトンとした顔を作った後、満面の笑みで答えた。
「あれは……兄さまの、愛情。おれも、いつか……してあげたぃ」
益田は苦笑いをこぼし、柴木と勝呂は物の見事に固まった。
これは本当に重症である。外の世界を知らないせいで、兄弟の抱く価値観はねじ曲がっている。重症だ。とても、とても。