ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
焼肉屋を出てすぐ、下川那智は眠りに就いた。
食後に薬を吞んだ副作用らしく覆面パトカーに乗って、間もなく小さな寝息を立て始めた。
果たしてそれが本当に副作用のせいなのかどうかは置いておき、益田は下川那智に聞かせられない話を下川治樹に振る。
「兄ちゃん。ストーカーの話なんだが、どうも通り魔と同一人物である可能性が低い」
「だろうな」
下川治樹は動じることなく返事した。
それどころか自分もそう思っていた、と言葉を返す。
なぜ、そう思うのか。それは弟が鳥井の話を日記に記した際、通り魔の話は出れど、一度もストーカーの話が出ず、疑問を抱いたことが理由なのだとか。
「鳥井の事情聴取は?」
「まだだ。回復にもう少し時間が掛かる。梟の方は事情聴取をしたが、ストーカーについてはまったく話が出てねえ」
「別途犯人がいるのか。だりぃな」
「お前さんは新生活を優先しろ。事件はこっちの仕事だ」
下川治樹は何も答えず、後部席で眠りこけている弟の頭を撫でるばかり。
肚の内に思うことがあるのだろう。行動すべき何かがあるのだろう。そしてそれは警察にとって、兄弟にとってあまり芳しくない内容なのだろう。
益田は兄弟に心配を寄せる。
お節介だと罵られても、心配なものは心配だ。兄弟の視野の狭さを知ってしまっているがゆえに。
「おい益田」
「んー?」
兄弟をアパートに送った矢先のこと。
部屋に帰る際、下川治樹から声を掛けられた。
一体全体どうしたのか。助手席の窓を開けると、下川治樹は不機嫌のまま言葉を投げた。
「俺は礼儀や愛想なんざ学んでねえが、常識ってのはなんとなく分かる。だから今日くれぇは常識っぽく言ってやる。“ごちそうさま”ってな」
また奢られてやってもいい、と言い放ち、すやすや眠る弟をおぶってさっさと部屋へ帰ってしまう。
呆気に取られた益田は喉で笑い、思わず口に出した。
「ホンット素直じゃねえガキだな。兄ちゃん」
ああ、言いそびれてしまったな。「どういたしまして」と。
「益田警部。下川兄弟は勿体ないですね」
柴木が口を開く。
「焼肉屋のやり取りを見ている限り、仲が良く微笑ましいと思いました。なにもなければ、まともな子ども達ですね」
「まともなんだよあいつらは。外の世界を知らないだけで」
外の世界を知ろうとしないから、目立つ行動を取ってしまうのだ。
「ストーカーの件は言わなくて良かったんですか?」
入れ替わりで勝呂が疑問を投げた。益田は一つ頷く。
「下手に兄ちゃんに言えば、妙ちきりんな行動を起こすかもしれないからな。弟をまた盗られるかもしれない、と感情を爆発させる可能性がある。今日のところは俺達のところで情報を留めておく。ただし巡回は増やせ。いいな?」
「了解です」
方針が決まったところで、益田は下川治樹に届かぬ心配を向けた。
「兄ちゃん、まともな道を歩む好機はまだまだあるんだからな。頼むから間違えないでくれよ」
異常性を見せてもいいから、兄弟で依存し合ってもいいから、頼むから道だけは外さないでほしい。父親の仁田道雄のように。母親の下川芙美子のように。
そう願わずにはいられなかった。